うそつきな唇に、キス





ぽつりと、空気に溶け込むように吐かれたそれは、ほんの少しの哀愁が漂っていた。



「……ま、こんなこと話してもわからねえものはわかんねえままだよなあ。あ、あと昨日えるチャンに交換条件として若クンのこと教えるって言っちゃったから把握ヨロシク」

「お前は勝手に人を出汁に使うなと何度言えばわかる」

「いいじゃん?じゃなきゃ、えるチャンのことな〜んにも聞き出せそうになかったんだし。っつーか、いま知りてえのはえるチャンのこともだけど、若クンのことなんだよな」

「……おれの何が知りたい」

「えるチャンのこと、若クンはどう思ってんの?」

「利用価値のある人間」

「うっわ即答」



ひっでえ、とこれまた愉快げに、かつ皮肉げに嗤うタトゥーの男は、ふと真向かいに座る男を見た。

頬杖を突き、闇を背負い、かすかに光を宿した見たこともない瞳を持った青年を。



「────あと。唯一、きれいだと思ったことがある」



漆黒の男は、かの人物に会った時のことを思い出していた。


雨の中。綺麗だとは間違っても思わないような、見窄らしい姿をした少女との、邂逅を。

きれいな物などなかった世界で、唯一、ふと少女を見た時浮かんだ、きれいの三文字を。



……そして、男はいまだにわからないままでいる。

男の中での、〝綺麗〟と〝きれい〟の、違いを。