うそつきな唇に、キス





たぶん、わたしが最も納得できるような形でしてくれたのだと、頭ではちゃんと理解している。

……けれど、それでも。



「……える」



随分と、やわらかい声、だと思った。

もう何年も聴いていないと錯覚してしまうほどに。



「なんです、」

「悪かった。相手がおれで」



その言葉に勢いよく顔を上げて、全力で、それはもうさっきの比にならないほどに、強く首を振った。



「そんなことは、ないです!その、………光栄?です、」



なんとなく、違うような気がしたけど。

けど、わたしの中で今のところぴったりくる、咄嗟に出てきた言葉が、これだった。


それなのに、若サマはなぜか瞳に、微笑みという形をのせたような気がして。



「……つまり、そういうことだ」



そう言って、琴と入れ替わりで脱衣所へ向かった若サマは、扉の向こうに姿を消してしまった。



「える、クレンジングあったぞー……って、なに変な顔してんだ?」

「や、あの……、わたしもよくわかってないんですけど、なんか、痛み分け?された、らしいです」

「人命救助の痛み分けってなんだよ……」

「さあ……って、」



この時、びっくりしすぎて止まっていた思考回路が、急速に回り始めた。



「痛み分けなら一回じゃおかしいですし、もっと痛く?激しく?してもらわないと痛み分けになってません!再要求してきます!」

「なんかよくわかんねえけど、若が大変そうだからやめてやれ……」






─────その時、わたしは。

はじめて、彼の婚約者であることを、ほんの少し煩わしく思うと同時に。



……なぜか、長年積み重ねてきた(たくらみ)が解かれていくような、嫌な予感がした。