うそつきな唇に、キス





わたしの肩から腰にかけて回る腕は。

雨を凌げていない肩にかけただけの黒いコートは。


夜という闇にまぎれることなく、確かにそこに存在していた。



「いい加減、おれの側近をかえしてもらうぞ、喵」



わたしの疑問を纏った呟きは残念ながら拾われず、若サマはひたすらに眼前の睿霸へ視線を送り続けている。



「あーラら若くん、存外早いお目覚めやったなあ」



一瞬傘に隠れた睿霸の表情は、次に視界におさめた時には先ほどの迷子の子供のような顔をしていなくて。

かわりに、いつもの胡散臭い笑みを浮かべていた。



「せメてあともう3日くらいは寝てて欲しかったんやけど」

「………、」



これ、わかる。視界を奪ってしまいそうな暗闇でも、わかる。

……わたしには、今、喋ることが許されていない。



「……マ、ええわ。えるちゃんには期待以上の働キみしてもろたし、連れ帰ってくれて構へんよ」

「……える、帰るぞ」

「あ、は、はい!」



ようやく若サマの口からわたしの名前が呼ばれて慌てて返事をしたのち、未だにそれを持っていたことに気づいた。



「睿霸!これ、返します!」

「え、オわっ!」



若サマになかば引きずられる形で掴まれた腕についていくように足を動かした直後、持っていたバッグを睿霸の方に放り投げた。



「あの、服も、」

「あー、せやな、それえるちゃんにやルわ」

「え、」

「僕からのサービスや思て大事にしたってナ」



ひらり。

そう言って片手をあげた睿霸は、傘の中にいるのに、まるでわたしより土砂降りの雨の中に立っているように見えた。