普通の人であれば、一度中央フロアに戻り、そこから行けるお手洗いへと駆け込むのだろう。
だけれど、あの男性にはその〝普通〟が果たして通用するか否か。それはつまり、何を〝故障〟していると捉えるさせるかの話でもある。
丽宸会という巨大な組織からの追手、目立つわけにはいかない焦り、そこから離れれば、汚れた衣服を纏う物へカジノの客から放たれるであろう品を疑う視線に、常時擦り減らされた精神。
それらの要素を総合した結果。
─────緩い音楽に混ざり合うように、扉の前で止まっていた足音が、消えて。
扉の奥に、封じ込まれる。
……よし。これで睿霸から頼まれたお仕事は終わり。
あとは。
「申し訳ありません。あの方のお連れのひと、ですよね?」
くるり、とフードを目深に被った子の方へ振り返った。
もちろん、眉と視線を下げて表情をつくることは忘れずに。
「……いえ、もとはと言えば、あなたにぶつかって来た女性が悪いと思いますし」
そして、その発せられた声に驚くことになる。
……随分としゃがれた、かつハスキーな声だった。
……おそらく、原因は酒焼け。それも、わざと、だろう。



