「……あの琴、ポジション変わってくれませんか」
「は?普通に嫌だけど」
「それじゃあわたし出かけられないじゃないですか……」
「ならもう出かけなくていいんじゃね」
「取り引きを反故にするのはタブーって、学校に編入する前日に琴が教えてくれたいくつかある常識のうちのひとつじゃないですか」
「ぐっ……、」
そう正論で返すも、琴はわたしと場所を変わってくれる気はなさそう。
……なら、と。
「……若サマ、」
ふと、固く握りしめられている手に、自分ができる最大の配慮を持ってして、触れた。
もう二度と、自分から触れることはないであろうと思っていた、その手に。
「すぐ戻ります」
そんな声を落としたところで、ふと思い出した。
いつの日か、置いてけぼりにされた、あの言葉を。
届くことなく空気に溶けてしまった、あの、声を。



