それからは薫と朱音と3人での生活が始まり、初めての育児に奮闘しながらも幸せな日々を送っていた。
俺は自衛官の最前線として家に帰れない日も多かったけど、2人は俺の仕事を理解してくれていた。
会える日はたくさん遊び、会えない日でも2人のことを考えない日はないくらいだった。
朱音もまっすぐないい子に育ってくれていたある日、薫の容態は急変した。
快方に向かっていることは聞いていたから大丈夫だろうと思っていた俺の甘い考えは打ち砕かれる。
妻が亡くなった日、俺は地震による災害派遣へ出ていてただひたすらに目の前の仕事と向き合っていた。
おそらく本部には連絡が入っていたのだろうが、俺の元へその知らせが入ってきたのは妻が亡くなった2日後で急いで病院へ向かった。
仕事に支障がでるからとの配慮だったのだろうが、そんな配慮は苦しさを増やすだけだった。



