――聖女ミシェルは崖から落ちて現在行方不明である。


 知らせを受け取ったザキエルは、鬼神のような顔でコールポート帝国に攻め入った。
 その凄まじい攻勢に、コールポート帝国はあっという間に落ちた。

 あまりのコールポート帝国の完敗ぶりに、近隣諸国は、このまま将軍ザキエルに攻め込まれるのではないかと戦慄した。ザキエル個人が一騎当千の働きをしたため、コールポート帝国を征服したザイラ王国軍の疲弊が少なかったのである。
 しかし、ザキエルはコールポート帝国を落とすなり、すぐに自国へと取って返した。
 近隣諸国は首を傾げながらも、その動きに一息ついた。

 一方で、ザイラ王国軍は戦々恐々としていた。

 ミシェル失踪の報が届いて以降、ザキエルは私語を話さなくなった。
 そして、自身に苛烈な負荷を与えるような、それでいて効率の良い作戦をいくつも立案する。
 側近三名も周りの武将たちも、もっと安全な策をと止めたが、ザキエルを止めることができなかった。

 そうしてザキエルはコールポート帝国を落とすと、すぐに自国へと踵を返したものだから、周囲の者は青ざめた。

 知らせによると、聖女は崖から落ちたと書かれていた。
 しかし、その直前まで話をしていたのは国王で、捜索自体も国王ジェフリーが率先して行っているというのだ。


 聖女が崖から落ちたのは、本当に事故なのか。
 王位継承権を気にした国王が、ザキエルのいない間に、聖女を処理したのでは。
 もし仮にそうだとしたら、ザキエルはこのまま、軍勢を率いて謀反を起こしはしないだろうか。

 そのような疑念が、じわじわとみなの心を蝕んでいた。


 王兄ザキエルと国王ジェフリーの仲は、決して悪いものではない。
 むしろ、いつでも仲の良い二人の姿こそが、ザイラ王国の安定を象徴していた。

 そして、普段仲が良いだけに、二人はいまだかつて表立って争ったことがない。そのため、今回のことがどう二人に影響するのか、誰にも分からなかった。


 そういった事情があったため、ザイラ王国の王都につき、国王に挨拶に行くと言ってザキエルが軍を解散させたときは、周囲の一同は本当に安心した。

 しかし、側近たち三人は戦々恐々としていた。
 普段の生活上も側に侍っているこの三人だけは、ザキエルがどれほどミシェルに入れ上げていて、彼女のこととなると普段と違った反応をみせるのかを、いやというほど知っていたからだ。