王太子宮の使用人一同は、ミシェルのことを女神と崇めていた。

 実は、聖女ミシェルが来てからというもの、宮内でのザキエルの魔力暴走がなくなったのだ。
 彼が笑っても勝手に花は咲かないし、怒ってもブリザードは舞わないし、拗ねても《威嚇》が発動しない。
 正確には、全て発動しているが、ザキエルの天敵聖女ミシェルが一定の距離にいると、ザキエルの魔力暴走の効果をミシェルの力が打ち消しているようなのだ。

 使用人たちは、魔道具越しにしか顔を見ることのなかった主人の近くに侍ることができるようになった。
 王太子であり王兄でもある将軍ザキエルに自ら給仕をさせていたという事実は、王宮の使用人として彼らのプライドを著しく傷つけていたため、この変化は本当に喜ばしいものだった。
 使用人たちは喜んで、食事の給仕を行い、お茶の入れ替えをし、必要な事項について対面で報告した。

 そうして、気がついてしまったのだ。

(ザ、ザキエル王太子殿下は、聖女ミシェル様に恋をしている……!!)

 今までほとんど接触がなく、戦場での武勇伝の噂ばかりが先行していた主人。
 側近の三人以外を近づけず、冷徹魔王と呼ばれていた王太子。
 その印象がガラリと変わった瞬間だった。

 ザキエルは、山に住んでいて花を見つけた瞬間が一番好きだったというミシェルのために、毎日花を自分で選び、彼女に直接届けに行っていた。
 彼女と昼食を共にし、図書室を案内し、彼女のために時間を作っては外に連れ立って出かけ、彼女を思ってたまに窓の外をぼんやり見ている。
 しかも、近くに侍って世話をする使用人たちにも、ミシェルの様子を気さくに聞いてきて、必死の形相で助言を求めるものだから、使用人たち全員がその様に心を打たれてしまった。

 しかも、ミシェル自身も非常に真面目で好感の持てる女性だった。
 王太子宮で過ごすことになり、上げ膳据え膳での対応を受けても、図に乗ったりあぐらをかいている様子がない。
 常に謙虚で、使用人たちに感謝を絶やさないし、何よりザキエルと過ごす時間を楽しんでいる。

 使用人たちは、今や全力で主人の初恋を実らせるべく邁進していた。

 なお、仕事のできる彼らはもちろん、ミシェルの逃げ道を作ることも忘れない。
 使用人の勢力を8対2に分け、8割配置となった使用人達は全力で主人を応援し、2割配置となった使用人達はミシェルの側に立ち、「嫌だったら無理しなくていいのよ?」とミシェル自身の気持ちを尊重するよう努めた。

 冷徹魔王の根城と呼ばれていた暗黒の王太子宮。
 いまやその宮は、女神ミシェルのお蔭で、ときめきいっぱいの桃色空間へと変貌したのである。

 そしてその噂は、国王であるザキエルの弟、ジェフリーの耳にまで届いたのだった。