ザキエルは、毎日ミシェルに会いに行った。

 今はルーデン王国との敗戦処理中で、戦争のない時期だ。
 敗戦処理は弟の国王ジェフリーがやることだ。
 ザキエルは王太子ではあるが、それは弟ジェフリーに子が生まれるまでの一時的なもので、政治に積極的に参加するつもりはなかった。それはジェフリーもよく分かってくれている。つまり、実際には戦いの駒でしかないザキエルは、敗戦処理を含む政治的な仕事は、基本的に弟に任せきりなのである。
 そんな訳で、ザキエルには、ミシェルとの仲を深めるための時間がたっぷりあったのだ。


 ザキエルが訪問すると、ミシェルは本当に嬉しそうに顔を綻ばせて喜んでくれた。
 ザキエルは、ミシェルに会うたびに高速で鳴り響く自分の心臓に、『今日こそが自分の命日になるのでは』と覚悟しながら、彼女との時間を過ごした。

 最初は自分の待遇に狼狽えていたミシェル。
 ザキエルは毎日のように、王太子宮の客人に貧相な扱いはできないので、客人であるミシェルが悩む必要はないのだと丁寧に説明した。(演出担当:側近三名)
 そんな彼の優しい気持ちに触れたミシェルは、ようやく今の待遇に納得したようだった。

「うちはザキエル様の客人やけんね。ザキエル様の評判ば落とす訳にはいかんですもんね」
「納得していただけてよかったです」
「はい、客人の間はしょんなかことやと分かりました。それで、いつ頃からうちは王宮ん外で暮らすことになるんやろうか」

 その恐ろしい発言に、ザキエルは気絶した。

 使用人たちは悲鳴をあげ、ミシェルも真っ青になって泣いた。

 目が覚めたザキエルの隣には、ザキエルの手を握ったままベッドにすがるようにして寝ているミシェルがいた。
 「そうかここは天国か」と呟いたザキエルに、気がついたミシェルはベッド脇で泣きながら「急に変なこつを言うてごめんなさい」と謝った。
 ザキエルが「もうあんなことは言わないと約束してくれますか……?」と震える声で聞いたところ、ミシェルは罪悪感と母性本能から、「も、もちろんばい!」と宣言してしまった。満面の笑みで「ありがとうミシェル!」とベッドから起き上がったザキエルを見て、「あれ? ……あれ?」とミシェルは首を傾げていたが、後の祭りである。

 そうしてザキエルは、王宮から出ていかないこととなったミシェルに、やはり毎日会いにいった。
 「山におったときは、花ば見つくる瞬間がほんなこつ楽しみで」というミシェルに、ザキエルは毎日花を贈った。
 また、1冊だけ家にあったという本を、内容を覚えてしまうほど読み込んでいたという話を聞いて、王太子宮の図書室を案内した。感動して泣くほど喜んだミシェルに、ザキエルは狼狽えたが、そんなザキエルに、使用人たちは廊下の影から『やりましたね!』『いい感じです、ザキエル様!』『ここでほら、抱きしめて!』と画用紙に書いたメッセージを見せた。なお、ザキエルはミシェルを抱き締めることはできなかった。なんとかハンカチを差し出したのが彼の限界で、可愛く微笑むミシェルに、またしても気絶しそうになるのを踏みとどまるだけで精一杯だった。

 だがしかし、そんなふうに少しずつではあるが、二人は距離をつめていったのである。