思いの通じ合ったザキエルとミシェルの二人は、それから一週間後、村を旅立った。
 ジキルとヘレンの夫婦は、マイクがニーナと付き合い始めたことを知っており、ミシェル嫁計画を遂行する気はないようだったが、ミシェルが家を出ていくと分かって、寂しそうにしていた。その気持ちが嬉しくて、ミシェルは必ずまた会いに来ると二人に約束した。「いつでもおいで」と言って見送ってくれる二人を、ミシェルは何度も振り返った。

 王都に戻ったザキエルは、道ゆく人々に歓迎されながら王宮へと入場した。ザキエルがミシェルを愛馬に同乗させていたため、王都の民はみな、『豊穣と純愛の男神』が女神を見つけてきたことを察したのである。あまりの熱狂的な歓迎ぶりに、「戦から帰ってきたときより歓待が激しい」とザキエルは終始動揺していた。側近たちは笑いを堪えるので精一杯だった。原因となった何も知らない女神は、不思議そうな顔で目を瞬いていた。

 そして、王宮に無事に戻った二人に、国王ジェフリーは歓喜した。

「おかえり兄さん、ミシェル!」
「ただいま、ジェフ」

 ジェフリーの執務室にて、朗らかな笑みを浮かべたザキエル。
 しかし、駆け寄ってきた弟は、兄の方ではなく、兄の隣にいる愛しい彼女に真っ直ぐに向かっていって、なんとそのままハグをしたのだ!

「よかった、よかった! また会えて嬉しいよ、ミシェル!」
「わたしもです、ジェフ様」
「――ジェフ様!?」

 ミシェルの頭をぽんぽん撫でている弟。ニコニコ笑っているミシェル。
 あまりに仲良しなその二人を見て、ザキエルは慌ててミシェルを自分の方に抱き寄せた。

「なんなんだ、お前たちは!」
「何だよ兄さん、私たちは仲良しな友人なんだ。邪魔しないでくれよ」
「殿下、ジェフ様はわたしにとても良うしてくれたんです」
「良くしたって何を!? なんで『ジェフ様』……お、俺は殿下呼びなのに……!」

 動揺して蒼白な顔をしているザキエルに、ジェフリーはニヤリと笑う。

 ミシェルが失踪したあの日、ジェフリーは彼女に会いに行った。
 ザキエルがプロポーズ予定と聞いていたので、てっきりザキエルとミシェルが恋仲だと思ったジェフリーは、それを前提に色々と話をしてしまったのだ。

『君は兄さんと恋仲なんだよね?』
『え?』
『兄さんは長男だ。本当であれば、国王となるべきは私はではなく兄さんだった。だけど、兄さんは国王になることを望んでいないんだ。だから確認しておきたい。君は王位に興味があったり、自分の子を王位につかせたいと望んでいるんだろうか』
『……自分の子?』
『もちろん兄さんと君の子どもだ』
『う、うちと殿……ッ、そぎゃんこつ……!』

 ジワジワと赤くなっていく顔に、ジェフリーは『あれ?』と首を傾げる。これはもしかして、やってしまったのではないか。

『君は、兄さんの』
『ただのお客さんばい!』
『……。君自身は、兄さんのことをどう思っているんだい?』
『……!?』

 それから、ザイラバイオレットの咲きほこる花畑で、二人は恋愛話をした。ミシェルは恥じらいながらも、ジェフリーに請われるがまま、ポツリポツリと自分から見たザキエルの姿を語った。彼女の語る兄の姿はあまりにも煌めいていて、ジェフリーは(なんだ、よかった。恋人未満ってやつか……)と生暖かい気持ちでいっぱいになった。そうしてジェフリーと話をしている中で、ミシェルはようやく、自分の中の恋心に気がついたのだ。

 そして、『今日話したことは、ザキエル殿下には内緒にしてほしかばい』とお願いするミシェルに、『どうしてだい? 兄さんは喜ぶと思うけど』とジェフリーが返したところで、ミシェルが崖の端に一際大きなザイラバイオレットを見つけてしまった。

『あれがよかばい! 大きくて、きっとご利益が』
『ミシェル、だめだ! そんなに端に近づいては、危ない――』

「……という訳で、わたしは崖から落ちてしまって」
「下が川で良かったよね」
「本当に。地面やったら危なかったです」

 けらけらと笑う二人に、ザキエルは肩の力が抜けるようだった。
 ジェフリーはザキエルに、嘘などついていなかった。ミシェルとの話の内容を教えなかったのは彼女との約束を守ったからだったし、ザキエルの想像以上に二人は仲良しになっていたというオマケまでついてきた。弟のことをジェフ様と呼ぶのはどうかと思うが、非常に気になるが、先にザキエルのことを愛称で呼ぶべきではないかとか色々と考えはするが、二人の仲が良好なのであれば何よりだ。

「それにしても、ミシェルは大分方言が抜けちゃったんだねえ」
「長かこと、こん国にいますから! もう少しで、都会娘ばい!」

 しっかり方言の残った田舎娘の言葉に、ザキエルもジェフリーも声を上げて笑った。