ミシェルは、自分の住んでいる村の川上の方に崖が沢山あり、そこにザイラバイオレットが咲いていることを知っていた。だから、ザイラバイオレットを摘みにいくことはとても簡単なことだと思っていた。
 しかし、予想以上に足元が悪く、かなり手間取ってしまっている。

旱魃期(かんばつき)なのに、地面がぬかるんでる。まさか、雨が降ったのかしら)

 ザキエルが毎日しとしとと雨をふらせているなどと思いもよらないミシェルは、首を傾げながらも、花を摘むための籠を守りながら、なんとか川沿いに進んでいく。

 そうして、昼前には、ザイラバイオレットの花畑に辿り着くことができた。

 雲一つない青い空に、昨晩の雨露を滴らせた真っ赤な花々が、彩り鮮やかに咲き誇っている。
 その光景に圧倒されつつも、ミシェルは、不思議な既視感で、その場を動けないでいた。

『君と、二人で話がしたくてね』

『そんな、高貴なお方がうちなんかと』

『君は兄さんと――』

「うち、は……あの方と……」

 段々と頭痛がしてきて、ミシェルはふらふらと頼りない足取りでザイラバイオレットに近づく。
 そうして、崖の一番端に、一際大きく咲き誇るザイラバイオレットを見つけた。

 その真っ赤な彩りに、ミシェルは、彼の燃えるような赤い瞳をみた。

「あん方の瞳の色やけん……無事に帰ってきて、欲しゅうて、うちは……」

 鳴り響く頭痛と共に、さまざまな記憶が断片のようにミシェルの頭をよぎる。

(そうだ、あの花を、摘まないと)

 ミシェルは、ふらつく足取りのまま、崖の端に近づいた。
 そして、ぬかるんだ地面が、彼女の足をとってしまい――。



「――何をしているんだ、君は!」



 急に後ろに引き寄せられて、ミシェルはその勢いのまま、背後の人物の胸に後ろ手に倒れ込む。
 そのまま、ふかふかの花畑の地面に倒れ込んだ彼女は、自分を引き寄せた人物が、ザキエルであると知った。

「……あ、う、うち……」
「何故、危険なことをするんだ! 傷が癒えてきたばかりなのに……!」
「あの、ご、ごめんなさい」
「謝って済むことじゃない! 君は……何故……!」

 ミシェルを引き寄せた手は、震えていた。後では、彼の愛馬が息を切らしている。どうやら、ミシェルの手紙を見て、彼は慌てて追いかけてきてくれたらしい。
 ミシェルは彼を心の底から心配させてしまったのだと知り、悲しくて不甲斐なくて、涙がポロリとこぼれ落ちた。最後に贈り物をして喜んでもらおうとしたのに、逆に悲しませてしまうなんて、ザキエルはきっと、よりミシェルにガッカリしたに違いない。

「ミ、ミシェル、すまない。言いすぎた」
「殿下」
「え?」
「ザキエル、殿下……」

 呆然としているザキエル。
 ミシェルはハラハラと涙をこぼしていた。

 ――ミシェルは、とうとう思い出したのだ。