召喚聖女である彼女は、名をミシェルといった。
 現在、19歳である。

 彼女は、祖母と両親と共に山奥で暮らしていた。
 両親が流行病で亡くなり、ここ5年前からは祖母と二人で暮らしていたが、昨年祖母も逝去。
 山菜を採り、たまに村に降りてその山菜を売りながら、細々と一人で生活していたらしい。

「こぎゃん素敵なところに来るなんて、思うたっちゃみんかった……」

 彼女は、召喚されたルーデン王国や、招かれたザイラ王国の王宮の煌びやかさに、呆然としていた。

 大きくて豪奢な部屋、大きな窓に大きな浴槽、与えられる煌びやかなドレス、靴に装飾品。
 何もかもに動揺し、「こぎゃん貴重なもん、うちにはもったいなか」と言って終始困っていた。

 ザキエルは、そんな彼女を見ながら、ずっと胸を高鳴らせていた。

「困っている彼女も素敵だ。なんて慎ましやかなのだ」

 そうして悦に入っているザキエルに、三人の側近たちは苦言を呈した。

「ザキエル殿下。このままでは嫌われますよ」
「何ッ!?」
「当たり前じゃないですか。自分を困らせてくる人物を好きになる人がいますか?」
「そういう性癖の人はいるかもしれないが、彼女は違うだろうなぁ」

 そこから三人の側近たちは、口々にザキエルを非難する。

 この三人は、国内でも随一の魔力の持ち主をかき集め、ようやく見つけることができたザキエルの側近だった。
 ザキエルが多少不機嫌になり、自動で《威嚇》が発動しても、理性を保つことができる魔力耐性の持ち主。
 小さい頃からザキエルの側に控えていた彼らのザキエルに対する態度は、とても気安いものだった。

「ど、どうすればいいのだ!」
「いや、それくらい自分で考えてくださいよ」
「女性の扱い方、ご存じないんですか?」
「そんなもの、知る訳がないだろう!」

 珍しく駄々をこねるザキエルに、三人は肩をすくめて恋愛指導をした。
 話を必死に聞きながらメモをとる姿に、三人はつい顔をほころばせる。


 ザキエルの周りには人がいない。
 それは、ザキエルの人柄によるものではなく、物理的な理由によるものだ。
 ザキエルは、自分で抑えきれないほどの魔力を有していて、そのことによる魔力暴走は、赤子のときだけでなく、今に至るまで続いていたのだ。
 彼が笑えば花が咲き、怒ればブリザードが舞い、拗ねれば《威嚇》が発動する。
 もちろん、ザキエルの魔法制御能力は彼が歳を重ねるにつれ向上しているのだが、彼の成長に伴い、魔力自体もどんどん総量が増えているので、完全にいたちごっこである。

 ザキエルの住む王太子宮では、侍従も次女も料理人も掃除夫も、ザキエルのいない場所で作業を行い、彼に会わないよう極力気をつけている。
 料理やお茶も、いつも定位置に置かれている。
 何か言付けがあれば、通信魔道具越しに行われる。
 彼の周りに侍ることができるのは、側近の三人のみ。

 そんなザキエルに、想い人ができる日が来ようとは、誰も思わなかった。
 しかも、相手は聖女。ザキエルの天敵として召喚された彼女は、なんと、彼の魔力暴走に影響を受けずにいられる存在だったのだ。

「よし。では彼女のところに行ってくる」

 嬉しそうにメモを携え、彼女のところへ向かうザキエルを、三人の側近は笑顔で見送った。

 周りに人が少なく、戦いばかりの日々で、どんどん感情を削ぎ落としていったザキエルの初めての恋だ。
 どうか上手くいきますようにと、三人は祈るような気持ちでその背中を見つめていた。