それからも、ミシェルは毎日ザキエルに会いに来た。
 ザキエルは、本当は拒絶するべきだと分かっていたけれども、ミシェルの笑顔を見てしまうと、どうにも抗い難い。

「……記憶を失う前の君のことなら、俺に話を聞くより、ヒューバートに聞くといい」
「ザキエル様が一番お詳しいって、ヒューバート様が」
「あいつ……!」

 悪態をつくザキエルに、ミシェルはクスクス笑う。
 そんな彼女にせがまれて、ザキエルはポツポツと、ミシェルとの思い出を語った。

 彼女がザキエルの元に現れた経緯はぼかしつつ、彼女の生い立ち、好んでいたもの、好きな色、それに好きな花。ザキエルは大切なその記憶を、一つ一つ丁寧に彼女に伝えていく。

「君は赤い花が好きだと言っていた。見かけによらず情熱的なんだと驚いたものだ」
「見かけによらず?」
「あ、違うぞ。悪い意味ではなく、その、君は妖精みたいな見た目をしているから――ち、違うんだ、だから可愛らしいと、その……」

 言い訳をすればするほど余計なことを口走るザキエルは、黙り込んで顔を逸らした。
 ミシェルはまさかこんな話をされるとは思っていなかったため、赤くなって俯いてしまう。
 そんな彼女の様子を見たザキエルは、深く深呼吸をすると、いつもどおりの穏やかな笑みを浮かべた。

「……マイクに悪いからもうやめよう」
「え?」
「俺の知っていることは、このくらいだ。もう何も出てこない。君の歓待はありがたいが、もう不要だ」

 不要、と呟くとミシェルに、ザキエルは優しく声をかける。

「怪我もだいぶ良くなってきたと、医者から聞いている。できることも増えただろう。俺に時間を割く必要はないから、自分の好きに過ごしなさい」

 そう言って、ザキエルは部屋を出た。
 だから、ミシェルがいつまでも、ザキエルの去った後の扉を見つめていたことにも気が付かなかった。



****



 そして、ザキエルが村を去る予定日の前日。

 ミシェルが、置き手紙をして、朝から姿を消した。


 ――ザイラバイオレットを摘みに行ってきます。


 ザキエルは、血の気が引くのを感じた。