緊迫したその空気を壊したのは、そんな鈴の鳴るような声だった。

 小さな家の扉を開け、ひょっこり顔を出している。

 ふわふわのホワイトブロンドの髪に、クリクリの水色の瞳はヒューバートの主人が探してやまないその人のものだ。

 彼の目は、今しがた登場した彼女に釘付けになっている。

「ジキルさん、ヘレンさん、ただいま。洗濯もん干し終わりました!」
「あ……ああ、そう、かい。どうも、ありがとうね」
「ふふ。これくらい当然です。本当はもっと他に、しきることがあればよかったんだけれど……」
「そんな、気にしなくていいんだよ! それで、その……」
「あっ、そうやった。こんにちは、お客しゃん、いらっしゃいませ」

 そうして彼女は、水色の瞳にヒューバートの主人を映す。
 ザキエルは、そんな彼女の笑顔に、ふらふらと引き寄せられるように立ち上がった。

 その様子を見て、彼女は驚いたようにその大きな瞳を見開く。

「ど、どぎゃんしたと!? 顔色がおかしいです!」

 彼女はタタッとザキエルに駆け寄ると、その小さな手をザキエルの額に当てる。

「熱はないみたいですね。どこか具合が悪かところは……」

 彼女は、そこから先を続けることができなかった。
 みな、一様に声を出すことができないでいる。

 何故なら、ザキエルの瞳から、ぽろりと一筋、涙がこぼれ落ちたからだ。
 ぽろぽろと溢れ出てくるそれに、彼女は呆然としている。

「ミシェル」

 一言だけ紡がれたその言葉に、どれほどの想いが込められていたのか。
 彼女にそれが伝わっただろうか。

 目の前の巨体の男を見ながら、彼女は怯えることなく、けれども困ったような顔をして首を傾げた。

「もしかして、あなたはわたしを知っているの?」

 今度は、ザキエルが大きく目を見開いた。

「実はわたし、1ヶ月前の事故で、記憶ば無くしてしまったみたいで。自分のこと、名前しか覚えていないんです……」

 恥ずかしそうな、困ったような表情の彼女を見て。



 ザキエルは気絶した。



 悲鳴が上がった。