「嫁とはどういうことだ」
「そ、それはッ、その……」
「何を隠している」

 あまりの威圧感に、ヘレン夫人はそれ以上声を出すことができなかった。
 そんな夫人を見た夫は、意を決したようにザキエルに向き合う。

「あの子は、うちの息子と……その……」
「こッ、恋仲なんですッ! シェリーと、うちのマイクはッ!」
「はぁ!? 嘘はやめてよ、1ヶ月で恋仲になるなんて、マイクにそんな甲斐性ある訳ないでしょおばさん!」
「ちょっとニーナ、失礼なことを言うんじゃないよ! あの子はうちの嫁になるって決まってるんだから!」

「……なるほど。彼女には恋人がいるのか」

 真っ青な顔で振り向くニーナ。
 白い顔をしているヒューバート。

 しかしザキエルは、取り乱さなかった。
 それどころか、フードを取り、穏やかに微笑んだ。

「分かった。彼女がここで幸せに過ごしているのであれば、私は彼女に接触することはしない」
「殿下!?」
「ど、どうしてですか!? ザキエル殿下は、ずっと聖女様を探して……!」
「そうだニーナ。私が彼女に会いたくて、ずっと探していた。けれども、彼女が私を必要としておらず、幸せに過ごしているのであれば、それを邪魔したくないんだ」
「で、でも……」
「ヘレン夫人……と言ったか」

 ザキエルに穏やかに微笑みかけられて、先程まで敵対心でいっぱいの様子だったヘレンは、ポッと頬を染めながら「へ、へい……」と答える。
 その隣で、ヘレンの夫は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「その彼女は、怪我をしているんだろう? 長距離を歩くことができないなど、何か困っていることはないか」
「……怪我はしてる。切り傷と打身は酷いけど、歩くのは問題ないよ」
「そうか。では、その治療のための医者だけは手配させてもらいたい」
「会っていかなくていいのかい」

 ヘレンの訝しげな顔に、ザキエルは自嘲する。

「会う必要があるのなら、きっと彼女から会いに来たことだろう」

 その諦めた表情に、ヒューバートはザキエルの想いを察する。
 ニーナも、真っ青になって「そんな……」と呟いていた。

「で、殿下! けれども、シェリーという女性がミシェル様だと決まった訳ではありません!」
「いや、その女性はミシェルで間違いない」
「ど、どうして……」
「先ほど、《威圧》が発動しなかった」

 ヒューバートはぎくりとする。

 確かにそうだ。
 『嫁』という言葉に、ザキエルがあれほど不穏な雰囲気を見せたにも関わらず、《威圧》は発動しなかった。
 目の前の夫婦は、ザキエルの雰囲気に(おののい)いてはいたが、言葉を発することができた。
 《威圧》の効果が生じていたのであれば、耐性のない村人程度では、椅子から転げ落ちてガタガタ震えていたり、恐ろしさのあまり失禁していてもおかしくない。

 ザキエルの()()()()ミシェルが、近くにいるのだ。


 だというのに、ヒューバートの主人は、彼女に会わずに帰るというのか――。





「あれ? お客しゃんですか?」