ザキエルは、それから1ヶ月、ミシェルを探した。


 ミシェルは一向に見つからなかった。
 しかし、それらしき遺体も上がらなかった。

 ザキエルは、川下の村を一つ一つ(おとな)い、場合によっては悩み事を聞き、手伝いなどをしながら、彼女らしき人物を見つけ次第王宮に届け出るよう頼んで回った。

 村人たちは最初はザキエルのことを最大限に警戒していた。
 なにしろ、身長190センチ、血の色の瞳をした大男が、魔力の通過を防ぐ真っ黒なローブを来て、無表情で女探しをしているのだ。その様相は良くて人攫い、悪くて悪魔の使いである。

 しかし、ザキエルがミシェルのことを話すとき、そこらの樹木に花が咲き、彼が去ると花の後に実が成った。
 彼がミシェルに会えていない時間を語るとき、しとしとと雨が降り注いだ。

 旱魃(かんばつ)期であったこともあり、近隣の村人たちは、その実りと雨の恵みをたいそう喜んだ。
 そして何より、ザキエルのミシェルへの熱い想いを知った。

「そんな訳で、ザキエル殿下はいま(ちまた)で『豊穣と純愛の男神』と呼ばれています」
「どうしてそうなった!?」

 ザキエルは愕然とする。
 その風評を伝えた側近の一人チャールズは、ショックを受けている自分の主人に苦笑した。

「まあいいではありませんか。最初は『裏社会の人攫い』『暗黒の使者』『冷鉄魔王将軍がとうとう誘拐犯に』と散々だったんですから」
「そっちで構わん」
「構ってください。こんなんでも王太子なんですから」
「こんなんで悪かったな」

 実は、ザキエルがミシェルを探していたこの1ヶ月、国内では、近隣諸国の間者が聖女の死亡と国王兄弟の不仲について流布して回っていた。しかしながら、『豊穣と純愛の男神』の噂がそれを上回った。いまや、大多数の国民がザキエルがミシェルを見つけることを祈っているらしい。

 しかして、そんな報告を受けた『豊穣と純愛の男神』は頭を抱えていた。

「何故そんな大事(おおごと)になってしまったんだ!」
「ザキエル殿下の人徳のなせる技です」
「それだけではないだろう!」
「多少ジェフリー陛下が噂を操作したとかなんとか」
「やはり!!」

 珍しく顔を赤らめているザキエル。
 生気のあるその表情に、チャールズは内心ホッとする。

 捜索を始めた最初の頃、ザキエルの憔悴ぶりはあまりに酷かった。
 最愛の女性が行方不明になったことだけではない。
 彼女が行方不明になった原因が、愛する弟かもしれないという疑惑が、彼の精神を蝕んでいた。

『ジェフリーは俺に、嘘をついていないと言った』
『殿下』
『俺はそれを信じている。信じているが――嫌な夢を見る』

 手で目を覆ったザキエルは、深くため息をついた。

『俺は実のところ、弟を信じていないのかもしれない』

 そう言って苦しんでいたザキエルも、ようやく最近になって寝付けるようになってきていた。
 捜索活動の疲労が睡眠を促しているだけかもしれないが、それでも寝ていないよりはずっといい。

「ジェフリー陛下も、ザキエル殿下を応援しているんですよ」
「……そうだな」

 嬉しそうに微笑むザキエルの周りに、また花が咲いた。
 最近では見慣れた光景で、供の者たちも、「殿下ー何かいいことあったんすかー」などと声をかけている。
 そんなザキエルと周りの様子に、チャールズは安心していた。

 しかし、実のところ、ザキエルは本当の意味で立ち直った訳ではなかった。