「晴ちゃんは元気?」

“晴ちゃん”

その呼び名を久しぶりに聞いた。
 
変わらない伊織先輩の私を呼ぶ声。

だけど、どうしてそんなに壊れそうな声で聞いたんだろう。

それにそれがわざわざ私と山田に聞きたかったことなの?

「…元気ですよ」

同じように元気のない声で山田が答えた。

未来(こっち)の私は伊織先輩と会ってないんだね。

私に会わないでって言ったのは、他にも意味があるのかな。単にフラれて気まずいとか、そんな薄っぺらい理由じゃなくて何かもっと…

「晴ちゃんは今何してるの?」

「大学生やってますよ、レポート書いたりバイトしたり忙しいみたいで」

「そっか、忙しいんだ…晴ちゃんは」

ポツリと伊織先輩が呟く。
寂しげな様子で。

「…忙しくて、会いに来てくれないのかな」

座ってじっとしてることしか出来ない。

聞きたいことはたくさんあるのに、私が言えることはひとつもない。

ひとつ言うなら、私の目の前でこんなに伊織先輩が悲しい顔をしてるのにその私がここにいないこと。

「なっちゃんは、晴ちゃんに会ったことあるの?」

「え…っ」

「ないよな!一度も、なっ!」

「う、うん!」

不意に話しかけられドキッとする私の前にすぐさま山田が答えた。
ポンッと背中を叩かれ、合わせるように相槌を打った。そう答えておくのが当たり障りないと思った。

「…なんとなく、晴ちゃんとなっちゃんは知り合いなんだと思ってたよ」

「全然っ…そんなことないっすよ」

「……。」

伊織先輩はどこまで見据えているのかな。

もう全部わかっているのかもしれないよね。

「なっちゃんに伝えてもらおうと思ったのに」

じっと私を見た。

瞳を見つめて、私のことを。

「晴ちゃんも会いに来てよって」


ずっと私が伊織先輩に会いたかった。 


いつも私が会いたかった。


なのに今、伊織先輩が私に会いたいと言ってくれてる。


5年前の椎葉晴じゃ何も言えないのがもどかしい。


「…そんなに会いたいんですか?」

「うん、会いに来てほしいな」

だけどね、私の問いかけの答えは私の聞きたかった答えとは違ったの。




「優月に」