ワイルドボアはそのままゆっくりと地面に倒れた。起き上がる気配もない。
(……た、倒せた……!)
私はここでようやく自分が傷だらけであることに気づいた。魔物の放った鋭い瘴気による傷だろう。黒く焦げてあちこち痛い。
「リディアー!」
「お父様!」
そこへお父様率いる聖騎士団が到着した。お父様が馬から降り、私に駆け寄る。
「リディア!」
「見てください! お父様! 私、あの大きなワイルドボアを倒しましたのよ!」
「しかし怪我を……」
「怪我? あぁそうですわね! 治しますわ!」
すかさず私は聖石を握り優しい火魔法を展開する。あっという間に全身の傷が癒えた。
「そんなことよりお父様! 私一人でこの大きな魔物を倒しましたのよ! お兄様と手分けして……って、お兄様が街道の方でまだ戦っているかもしれませんわ! あの魔物の仲間が沢山押し寄せてきていて……!」
「分かった! お前は怪我人を癒やせ! 聖石を置いていく!」
そう告げると、どうやら聖石がたっぷり入っていそうな麻袋を私に向かって投げた。そしてお父様率いる聖騎士団は、街道へ向かった。
もっと褒めて欲しかったし、お兄様のところに私も手伝いに行きたかったが、怪我人の救護を命じられてしまった。聖石の入った麻袋を持ち上げ、まずは孤児院の怪我人を確認するか、と歩き出した途端、背後から声がした。
「リディア嬢……」
あ、忘れてた。この人の前で、剣を振り回して聖魔法を使ってしまったんだった。もう言い逃れは出来ない。とりあえず猫かぶりモードでニッコリする。
「クリストファー殿下、お怪我はありませんか?」
「あ、あぁ。大丈夫だ」
意外にも普通に会話してくれて驚く。それどころか何か興味津々な眼差しで見つめてくる気がする。お転婆令嬢だとばれて、どうなるかと思っていたけれど。きっと内心ドン引きしているのを、お顔に出さないでくれているのだわ。さすが殿下。
「リディアお嬢様!」
その時、サニーを抱いていたハロルドが血相をかいて走り寄ってきた。
「お、おねえちゃん……」
「サニー!?」
さっきの大きな魔物が放った瘴気が当たったようだ。サニーの顔や手足などが腐り始めていた。殿下も今気づいたのか、苦しんでいるサニーを見て驚いた顔をしている。なんてこと!
「体が、痛いよう」
「心配ないわ。私があなたを治療するわね」
麻袋の中から聖石を取り出す。サニーに聖石を持たせ、その上に私の手を重ねる。お母様の時と同じイメージで、優しい火魔法を展開し、彼女の身体中に張り巡らせて、傷を浄化していく。
「……あったかい……」
「もう少しよ! 頑張って!」
光がサニーを包みこみ、魔法をかけ終えると、傷がすっかり癒えていた。
「わぁ! もう痛くない! ありがとう! リディアおねえちゃん!」
サニーはハロルドの腕の中でニッコリと笑った。私はサニーの手を握ったまま、その手ごと自分の頬に当てる。
「サニー。さっきは私を心配してくれてありがとう。でもこれからは無茶しちゃダメよ。あなたが怪我をする方が私は悲しいわ」
「うん……。ごめんなさい……。でも私、大好きな人が大変な時に、黙って見てられない。だからリディアおねえちゃんみたいにちゃんと強くなる!」
あんなに怖い思いをしたのに、そう言うサニーは頼もしい。
「まぁ! サニーはとってもたくましいのね」
「おねえちゃんほどじゃないけどね」
軽口も叩けるようになっているので問題ないようだ。
殿下は驚きが隠せない様子だ。ここまで見られてしまったらもう誤魔化せない。私は開き直ることにした。猫かぶりはおしまいだ。
私は「孤児院の中に怪我人がいないか確かめてきますわ」と言って立ち上がった。
すると、殿下は無言でついてくる。



