その11
麻衣



いよいよ、伊豆で催される優輔と私の婚約披露パーティーが明日に迫った

で…、今晩は伊豆に一泊するため、今日は朝早く、私たち一行はクルマで一路、静岡に向かってる

車内での朝食は、私の母が作ったおにぎりだった

「なんておいしいの…、このおにぎり…」

”今回の一連”では、親戚のお姉さん役で婚約披露に出席するミカさんは車の中で、母の握ったおにぎりを手に目が潤んでいた

涙を拭いながら、文字通り噛みしめるように食べていたよ…



...


「優輔さん、もうひとつどう?」

助手席の優輔さんは、二つぺろりと平らげちゃってたんでね

「ああ…、もらおうかな」

「今度は何がいい?シャケの他にも、たらこと梅干があるけど」

私の隣に乗ってるお母さんはそう言って、膝の上で、おにぎりの具をチェックしてる

「じゃあ、たらこをいただきます。とにかくおいしいですよ、お母さん」

「まあ、嬉しいわ、お婿さんに褒められると…。いっぱい食べて。はい、麻衣…、これね」

後部シートの真ん中に座ってる私は、たらこのおにぎりを受取り、助手席の優輔さんに手渡した

「運転手さんもどう?まだあるから…」

今日の運転は能勢さんだった

「おお…、能勢、遠慮せずにいただけ。俺達には、めったに口にできないからな、こんなおふくろの味は…(笑)」

「そうですね。では、シャケをもうひとつください。俺、大好きなんですよ、シャケのおにぎり。具も一杯入ってて、こんなおいしいシャケにぎり、初めてですよ」

もう、みんな‥、たかがおにぎりに大げさだなあ…(苦笑)

そんで、おふくろの味が目に眩しいのか、ミカさんは相変わらず、鼻で涙をすすりながらもぐもぐだ…

でも、母はとてもうれしそうだ

この人のこんな顔見るの、久しぶりだなあ…


...



いやあ…、しかし、いい天気でよかった

風は穏やかだし、空も青くて気温もちょうどいい

午前9時半、静岡県内の高速PAでトイレ休憩中だわ

もっともお母さんは、売店で早くもお土産とか買い物しまくってる(苦笑)

私は、用を足した後、ベンチで煙草を吸ってるミカさんの横に座った

「ミカさん、天気には恵まれてよかったね。何しろこうも秋晴れだと、人の顔まで晴れ晴れして見えてくるわ、ハハハ…」

「じゃあ、私の顔も晴れかしら?」

アハハ…、みか姉ちゃん、すかさず深いところから突っ込みだわ





「ええ、快晴ですね、今日のミカさんは…。でもまあ、今朝はちょっとにわか雨だったか、はは…」

「車の中では見苦しいとこ、お見せしちゃったわ。ごめんなさいね」

「いえー、かえって母は喜んでましたよ。あんな嬉しそうにしてるお母さん、しばらくぶりだった…。今日と明日だけでも親戚のお姉ちゃんでお願いしますね」

「私こそ、嬉しいんですよ。本当の身内に囲まれてるようで、心が温まる。この二日間は、私にとって、宝物のような時間になるわ」

宝物…

世間の人からしたら、そんなささいなひと時も、この人には特別な時間なんだよ

ミカさんがどんな過去を背負ってきたかは、剣崎さんからこの前の夜、聞いたからな…

今の言葉、心に染み込んでくるって…


...



「あのね…、あなたには隠しておきたくないんで、言っときたいんだけど…。でも、あなたのことだから、もう気付いてるかもしれないか…!実は、私にも恋人が出来たんですよ」

「…バグジーですね、相手は」

「やっぱりか…。分かってたのね、麻衣さん」

「まあ、なんとなく…。でも、お似合いですよ、お二人。私、ミカさんとバグジーは気が合うかなって思ってましたし…」

「そう…。じゃあ、二人をセットしてくれたあなたは、恋のキューピットね。感謝しなくちゃ(笑)。なにしろ、会ってすぐ好きになったわ、私たち。で…、その夜にはもう愛し合った。もちろん、私は男としての彼に抱かれたし、男性として愛してる。彼も私を女として抱いてくれ、イッてくれたわ…」

「なら、バグジーが女の内面を持ってることも承知してるんですね?」

「うん。私たち、それクリアしてる。私…、麻衣さんを二人で守り切ったら、たぶん今の”仕事”やめるわ。それで、彼の生まれ故郷の信州に行く。彼と生きていくつもりよ。とにかく、あなたに出会えてよかった。麻衣さんにはお礼を言うわ。本当にありがとう…」

「ミカさん…」

口からはそう出たが、心の中では”お姉ちゃん”と呼んでた

...


私だって、この人と接することが出来てよかったと思うよ

おそらく、私のカンでは、この人とはもうすぐお別れだ

ミカさんは私のガードを外れれば、”この仕事”からは足を洗うだろう

そのあとは、いよいよ新しい道を歩むはずだ

何度もしんどい海を渡って、母国でやっと巡り合えた人と一緒に…