「交渉としては先ほど、柚希が言った通りです。今後、彼女に二度と関わらないと約束してくれるのであれば、訴えはしません。簡単な話です」

〝念書〟と他の文字よりもひとつかふたつ上のフォントで書かれた紙の最後には、署名捺印するスペースがあった。
母親は、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、最初座っていた場所に腰を下ろす。

悠介が弁護士と知ったからか、随分大人しくて拍子抜けする。
チラチラと悠介の顔色を窺っている様子は、なんだか怯えているように見えた。

二枚の念書とボールペン、そして朱肉を置いた悠介が、私の隣に座ると、一度私を心配するような眼差しをよこすので、軽く微笑んでうなずいて見せた。

悠介の隣に並んだ途端、肩から力が抜けたことに自分自身で驚く。

孤軍奮闘してやると心に決めていたし、途中まではそこそこ戦えたつもりだ。それなのに、一気に崩れてしまったのが情けない。

でも、こうして味方がいるだけでこんなにも心強いのかと、こっそり息をついた。
母親をまっすぐに見る悠介の横顔を見て、もう大丈夫だと安心していた。

「残念ながら、家族の縁は法律ではどうやっても切れないのが現状です。ですが、なにも手がないわけでもない。まずは、面談禁止、架電禁止の仮処分を裁判所に申し立てます。個別の禁止条項は、後ほど通知いたします。ちなみに、一度の違反行為につき十万円の違反金が発生しますので、柚希に近づいたり電話をしたりする際には、そのことを覚悟の上でお願いします」

淡々と説明する悠介に、母親は気に入らなそうに目を伏せているものの、何かを言い返す気配は見られない。
私を殴った手前、弁護士相手では勝ち目がないと悟っているのかもしれない。

二枚の念書に署名捺印を求められても、少しためらったあとは、大人しく従っていた。
もともと、念書への署名捺印が最終目的だった。

それを夏美さんが連れた弁護士さんが持ってくる予定だったので、まさか悠介が登場するとは思わなかったけれど、それ以外は予定通りだ。