契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける



「あの頃、そんなこと一度も……」
「え?」

まるで独り言のようなトーンで言われ、聞き返す。
でも有沢は、しばらくした後「いや、なんでもない」と小さく首を横に振った。

「それより、不受理届なんてよくすぐに思いついたな。おまえは気に入らないことがあっても真正面からバカみたいに向かっていくタイプだろ。法律だとかそういう方面には疎い方だと思ってた」

意外そうに言う有沢に、苦笑いをこぼす。

「うん。有沢が言う通り、私の考えじゃないよ。さすがに話し合いができる相手じゃないのはわかってたから、ただ家を出ようって考えてた。でも、私の母親なら近いうちに必ず勝手に提出するだろうから、不受理届を出しておいた方がいいって助言してくれた人がいたの。だから無事受理されたのを確認して、その足で家出した」

自分が恵まれていたと思うのは、従業員たちに囲まれていたからだけではない。
母親は私に興味がなかったので、私がどれだけバイトを入れてどれだけ稼いでいたかを知ろうともしなかった。

そのため、高校一年から始めた様々なバイト代はすべて私自身の口座に入金し、兄との結婚話が出た、大学三年の十月。つまり二十一歳の頃には、残高は四百万を超えていて、金銭的にはなんの心配もなくひとり暮らしをスタートさせられたというわけだ。