契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける



『向き合うに値しない人間に感情的になっちゃダメだ』

母親にツラく当たられる私を気にかけてくれる人はたくさんいた。その中には、小さな私にそう繰り返し教えてくれる人もいて、もらった言葉は私の中に未だに残って核となっている。

感情的にならないために、深呼吸を一度してから口を開く。

「消えればいいと思うほど私の顔が見たくなかったなら、どこかに預けるなりすればよかったんです。それなのに、私が自分の目の届かないところで少しでも幸せになるのが許せないからと、虐げて不幸な目に遭わせるためにここに置き続けたのはそっちでしょ」

気に入らないのなら、施設なり親戚なりに預ければよかったのだ。
父親が亡くなってもなお私をよそに預けなかったのは、紛れもなく母親の選択だ。

私を虐め、こき使い、父親と不倫相手へのうっ憤を晴らしたかったのだろう。同居は自分で選んだ結果のくせに、顔を見たくなかったと言うのは勝手すぎる。

「父親に裏切られたあなたは、たしかに最初は被害者だったのかもしれない。でも、私にとっては加害者で、嫌悪の対象でしかないです」
「あなたっ、育ててやった私に対してよくもそんな口が聞けたものね! 家に置いてやった恩も忘れて……っ。普通はね、血の繋がりもないのに育ててもらったら、一生かけて恩を返していくものよ!」

ネチネチとしていた母親の声が、いつの間にかヒステリックモードに切り替わっていた。
キン、と耳に嫌な音を響かせる声色に自然と眉間にシワが寄り、それぞれ下ろした手を握り締めると指先が冷たくなっていた。

母親が何度も繰り返す〝恩〟という言葉がざらりとして耳にも胸にも残りとても不快だった。
私だって……。