契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける



「私が今日ここに来たのは、相手方が結婚の挨拶をしたいと言ってくれたからです。あちらの事情もあるでしょうし、私も一度顔合わせはしておいた方が世間体的にもいいと思ったから来ただけで、本来であれば二度と敷居をまたぐつもりはありませんでしたし、顔も見たくなかったです」

あまりにつらつらと口をついて出てくる言葉の多さに自分自身戸惑う。
家を出るあの日まで、母親になにを言われたところでスルーしてきた。どれだけひどい言葉を投げつけられたって、どんな怒鳴り方をされたって、逆に存在自体をまったく無視される日が続いたって、なにも言わず耐えられた。

それなのに、今、それができていない。

今は自分の居場所が他にあるという安心感からなのか、それとも、三年という時間が私のストッパーをじょじょに壊したからなのか。
事を必要以上に荒立てないためにも、私の意思を伝えるのは最小限にとどめた方がいいとわかっているのに止まらず驚く。

誰かに、ここまで悪意のこもった言葉を吐ける自分の醜さにも、知らず知らずのうちに心のうちに溜まっていた母親への不満にも。

自分自身に内心うろたえながらも、これから夏美さんが来るのだから、とどうにか律しようと心掛ける。

『話が通じない相手みたいだし、弱みを握ってこちらが優位に立つのが一番だと思うのよね。そうね、たとえば、柚希ちゃんがネグレクトされていたって情報を流しちゃうぞとか。現状が相当悪いなら、旅館の客足がこれ以上遠のくのは避けたいはずだから、些細な弱みでいいと思うの』

私は、関わりたくない相手ならこちらが逃げるまでだと思い実行したけれど、夏美さんは、それは根本的な解決にはならないし一度対峙すべきだと言った。

きっと、私ひとりでは勇気が出せず辿り着かなかった答えだ。