「その兄貴と結婚しろって、母親が言ってるのか? 兄貴が養子なら、たしかに法律上は結婚可能だが……」
理解できない、と言った顔と声で聞かれる。
それもそうだろう。普通の家庭だったらまずありえない話だ。
「うん。うちの旅館の〝白川楼〟ね、代表が母親に代わった翌年くらいから経営が傾いてるの。ちょうど十年前かな。だからこの十年、母親なりに色々手を加えていて、今回もそのうちのひとつなんだと思う。いずれ〝白川楼〟の主人となる兄と結婚させて私を若女将に……」
「おまえを若女将として表に立たせれば、美人若女将だとかメディアが騒ぎ出す。しかも親のいないおまえなら、どんな扱われ方をしても逃げ出して頼る場所もない。裏から母親がいいようにこき使えると踏んで……ってところか。嫁としても誰よりも都合よく扱えるしな」
言いかけたところで、有沢の声が重なる。
さっきあんなに驚いていたのにもううちの事情を見抜いたのか、見事に言い当てられ苦笑いがこぼれた。
「そんな感じ。ずっと、私の顔を見たくもないと思いながらも捨てずに置いてやったんだから役に立ちなさいって。きっと、体裁は大事だから結婚はさせたいけど、兄を他の誰かに取られたくないっていうのもあるんだと思う。私のことは……なんていうか、人間だと思っていないっていうか、そんな感じだから。本当に書類の上だけの結婚をさせたいんだよ」
気持ち悪すぎる提案に、嫌悪感から寒気が走る。
「三年前、兄との結婚話を初めて母から持ち掛けられたの。だからこのまま家にいたら強引に結婚させられちゃうと思って、役所に不受理届を提出した」
「たしかに、話を聞いている限り、おまえの母親なら婚姻届を偽装して勝手に提出しそうだが……」
そこで一度黙った有沢はツラそうにしかめた目元を片手でおおった。



