契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける



十月という、時期的にも過ごしやすい季節の日曜日にもかかわらず満室でないのだから、経営が傾いているのは疑いようのない事実だった。

母親が継ぐまでは、三ヵ月先まで予約がいっぱいなんてこともざらにあったのに。

いくら私にはもう関係ないとはいえ、長い間過ごした〝白川楼〟が廃っていく様子を見るのはなかなか寂しいものがあるのはたしかだった。

母親と兄、そして私は、〝白川楼〟と通路でつながっている、いわば別館で暮らしていた。

従業員用出入り口から別館に入り応接間を覗くと、そこにはすでに母親と兄の姿があった。
二十畳近くある和室には六人ほどで囲めるちゃぶ台が二台連ねて置いてある。いつも通り着物に身を包んだ母親は上座に座り、その隣にYシャツ姿の兄が座っている。

私に気付くなり目つきを険しくさせた母親も、なにも興味なさそうに目を伏せたままの兄も、建物同様、記憶と変わらない。

「離婚届は出してきたんでしょうね。親に相談もせず勝手に結婚なんて……恩を仇で返すような真似して恥ずかしいと思わないの? ああ、そこまで考えが至らないんでしょうね。不倫するような女の血を引いているんですものね。汚らわしいっ」

思い切り歪めた顔で言われる。
こんなに私を嫌っているのだから、放っておけばいいと思うのに、母親からしたらそう簡単にもいかないらしい。

私を手元に置いて、いじめたり無視したりこき使うことで、父と不倫相手への復讐のつもりでいるのだろう。
長居するつもりはないので、間口に立ったままでいると、母親が顔をしかめたまま「あなた、ひとりできたの?」と聞く。

「はい。電話で話した人なら後から来ます」