手を差し出す夏美さんは、にこやかな表情をしてはいるものの、引く気はないのが雰囲気からわかった。
正直、母親とは関わってほしくない。きっと嫌な思いしかしないだろうから。
でも、夏美さんが挨拶したいというのも当然なので、少し躊躇いながらも携帯を渡した。
「お電話代わりました。初めまして。柚希さんの結婚相手である……あ、いえ、姉です。はい……そうなんですね」
夏美さんの対応から、母親が挨拶を聞き終えずに自分勝手に怒鳴っているのだろうと想像がついた。
内容まではわからないにしても、携帯を通して音割れした母親の声がところどころ聞こえてくる。
私にならまだしも、他人相手にもそんな態度がとれる母親を心底軽蔑した。
あの母親の罵声を今、夏美さんが受けているのだと考えると申し訳なくて堪らなくなり、自然とうつむいていた。
でも、そんな私に気付いた夏美さんが、私が膝の上で握り締めていた手に、自身の手を重ねるのでハッとする。
顔を上げると、夏美さんが携帯を耳に当てたまま微笑んでいた。
〝大丈夫〟とアイコンタクトした夏美さんが、携帯を持ち直す。
「ええ。わかりました。お母様のご心配はもっともです。電話では埒が明かないですし、今週末そちらに伺いますね。しっかりと話せばこちらの事情もわかっていただけるかと思いますので……はい。では、失礼いたします」
夏美さんがあまりに穏やかな表情と声で言うので、内容を理解するまでに時間がかかった。
でも、『今週末そちらに伺いますね』という声が頭の中でリピートされた途端に慌てて口を開く。



