この人には、何を言ったところで伝わらない。まず、母親に私の言葉を聞こうとする姿勢がないのだから、正しいことを言っているのが私の方だとしても関係ないのだ。
母親の前では、そしてあの家では、私の意思なんてないも同然なのだから。
こんなふうに怒り狂っているところを見る限り、〝白川楼〟の経営はやっぱり傾いていてどうにもならないのだろう。切羽詰まっているのは母親の声でわかる。
だとしたら、今は好機でもないのかもしれないけれど、どうせ声を聞かなければならないのなら一度で済ませたいので、重たい口を開く。
「無理です。私、もう結婚しているので」
『は? 結婚って……何を勝手なことしてるの?! あなたは龍ちゃんと結婚するって何年も前から決まってたでしょう!』
「決まってません。そちらが勝手に決めただけですから、私が誰と結婚しようと自由なはずです」
そう言いながら、ひとつ不思議に思う。
私の結婚については、もしかしたらもう知っているのかと思っていた。
何日かにわけて背中に張り付いていた視線が母親の雇った探偵のものだったら、もう報告が上がっているはずだから。
でも、母親の反応を見る限り私が結婚していると初めて聞いたみたいだし……住んでいるところを特定したかっただけで、戸籍までは調べていないのだろうか。
考えを巡らせている間も、携帯の向こうでは〝恩知らず〟だの〝今すぐ別れろ〟だのという一方的過ぎる命令がひっきりなしに響いていた。
それは私の耳に届くだけでは収まらず、どうやら夏美さんにまで聞こえていたらしい。
「柚希ちゃん。ちょっと代わってもらってもいい? 私もひと言挨拶しておきたいから」



