「あのとき、おまえはひとりでそんな大きな覚悟を決めて家まで捨ててたんだな。地元を離れたら、頼れる人間なんていなかっただろ? 不安はなかったのか?」
「多少はあったけど、それ以上に必死だったから。あと、やっぱりある程度は生活していけるお金があったのが大きかったと思う。だから、〝speme〟で長い間バイトとして雇ってもらえたことには感謝してる」

すべてがお金でどうにかなるとは思わない。
でも、あの頃、大きな後ろ盾として私を支えてくれたのはお金だった。一、二年ならなんとか暮らしていけるというのがわかったら、気持ちにも多少余裕ができて、だからこそ、また新天地で頑張ろうと前を向き、すぐに働き出せた。

それでも、いつか見つけ出されてしまうんじゃないかという不安は常にあったので……だからだろうか。今、こんなにも安心しきって、とんでもない眠気が襲ってきているのは。

だって今はきっと、家を出てから私が過ごしてきたどの瞬間よりも安全だ。

いや、そんなメンタル的なものではなく、夏美さんと会ったり、引っ越ししたりした、肉体的疲労のせいか。
私はそこまで繊細じゃないなと思い直す。

疲れのせいで重力が増し、抗えなくなりそのままもう一度目を閉じたとき、「寝るならベッドで寝ろ」と声がかかる。

でも、今すごく気分がよくて、このまま眠れたら最高だと思ったので「んー」と適当にはぐらかして意識の半分を睡魔に吸い取られていたとき、有沢が立ち上がったのが気配でわかった。