「有沢も結婚しないとまずい状況なの?」
「ああ。最近、見合いを持ち掛けられる回数が増えていい加減鬱陶しく感じていたところだ。結婚すれば解決する」
「なる……ほど」
「それと、結婚するにあたり、婚約届を出す前に姉に会ってもらう」

結婚するのなら家族への挨拶はマストだ。
なので、異を唱えるつもりはなかったものの、ひとつ引っかかった。

「お姉さんだけでいいの? ご両親は?」
「両親はすでに他界している。挨拶が必要となるのは、姉以外には祖父だけだが……祖父は八十を超えているが未だ現役で働いていて、今、とりかかっている仕事が終わるまでは時間がとれないらしい。だから、会うのは姉だけでいい」
「そうなんだ。でも、騙すようなものだし、どうせ期間限定の結婚なんだから、会わないですむならおじい様的にもその方がいいかもね」

顔がわからない方が憎む気持ちも薄らぐ気がして言った言葉だったけれど、有沢は気に入らなそうに目元をしかめる。

階段前で腕を掴まれてから今までの一時間に満たない短時間で、よくこの顔をされる気がするものの、なにがトリガーとなっているのかがわからない。
そのため、私まで顔をしかめてしまう。

そんな私をじとっとした目つきで見た有沢は、ひとつ息を吐いて話を続ける。