「……ううん。携帯を変えてしばらくは快適だと思ってたんだけど……なんか、相手の姿が見えないことが急に怖くなっちゃって」

母親がどう考えどう動いているのかがわからなくなって、とてつもない不安に襲われ、結局母親に新しい番号を教えたのは、携帯を替えて一週間も経たないうちだった。

相手の姿が見えないと、陰でとんでもないことを企てられている気がしてしょうがなくなり、だったら電話やメッセージといった最低限の連絡手段を持っておくことで母親の現状や考えも知れるし、その方がいざというとき動きやすいと気付いた。

「家を出て数ヵ月はすごい勢いで連絡がきたんだけど、そこからしばらくは落ち着いていたの。だから諦めたのかなって思ってたのに、一年前からまた急に帰って来いってしつこくなった」

たぶん、経営がいよいよまずくなっただとかそのあたりだろう。
そうでなければ私に連絡をしてくるはずがない。

それか、家ではずっと恨みをぶつけられるか、無視されるかのどちらかだったので、もしかしたらストレスの捌け口として必要としているのかもしれない。

何にしても、私にとっては地獄でしかない理由で呼び戻そうとしているのはたしかだった。
母親は傲慢でヒステリックで、他人の気持ちなんてまったく考えられない人なので、旅館の女将なんて向いていない。おもてなしや気配りなんて言葉は、母親の中には存在しないのだ。