県をまたいでひとり暮らしを始めて、鳴りやまない携帯は新しいバイトが決まり生活の基点ができた数日後に解約した。
それまでに入った連絡は、八割が怒っている母親からで、二割が有沢から。メッセージは私を心配する内容だった。
有沢が母親の言いなりになるとは思えなかったけれど、どうにかして逃げ切りたい私はそこで振り返っている余裕はなかったのだ。
「バイト、突然行かなくなって迷惑かけたよね。有沢からの着信もメッセージも全部無視して……本当にごめん」
当時、有沢はバイトとして〝speme〟に来ていたわけではない。
ただオーナー子息として顔を出していただけで、つまりは私を雇ってくれていた側の人間だ。
一応、そのときのキッチンリーダーにだけは事情を説明したものの、ほとんど夜逃げ状態だったし、欠勤や辞めるという連絡もなしにドタキャンしたのだから不誠実でしかない。
私はたくさんシフトを入れていたし、翌日からの穴埋めだって大変だっただろう。
せっかく雇ってくれたお店にはきっと相当な迷惑をかけてしまったと思い頭を下げた私に、有沢は少し顔をしかめ目を伏せてから、首を横に振った。
「家や親から逃げるためだったなら仕方ない。たしかに、一向に繋がらない電話には苛立ったし、誰も事情を知らないから心配もした。でも、もう終わった話だ」
そこで一度切った有沢が私を見る。
「じゃあ、その後、母親とは連絡をとっていないのか?」



