契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける



男性の……悠介の腕だ。
ただひたすらどうしようと困惑していたとき、悠介が「今日のこと、話せるか?」と聞いた。

きっと、私の心の負担を考えての問いかけだろう。
私がパニックになってうろたえたところを、悠介は見ていたから。

優しい心遣いに気付き、それまで混乱していた頭と感情が落ち着き出す。これは、恋人のするいちゃいちゃとかではなく優しさからの行為だとわかったら、困惑は一気に飛んで行った。

「うん。大丈夫」

私がうなずくと、悠介は後ろから抱き締めたままの体勢で「じゃあ、無理だと思ったらすぐに言え」と前置きをした。

悠介の腕がまるで私を守ってくれているように感じ、自然と顔がほころぶ。
大事だと言われているみたいで、それが嬉しかった。

「母親が騒いで色々勝手なことを言ってきたとき、おまえも大声を返したっておかしくない場面だった。それなのにずいぶん冷静に対応していたから驚いた。それだけ慣れてたってことか? あんな状況に」

最後『あんな状況に』という声には苦しさが滲んでいて、そんな悠介にふっと笑みをこぼし首を横に振った。

「違うよ。なんかね、教訓になってるの。〝向き合うに値しない人間に感情的になっちゃダメだ〟って」
「……誰の言葉だ?」
「私が小学生の頃まで、〝白川楼〟によく泊まりにくるお得意様のおじいさんがいたの。夕食の席にも私を呼んでくれたりして、たくさんおしゃべりしてたんだけど、その人に何度も言われたんだ。〝真剣に向き合うに値しない人間相手に感情を動かす必要はない〟って。〝その場を笑って終わらせた後、さっぱり切り捨てればいい〟って」

顔を合わせるたびに、言い聞かせるようにしていたので、さすがに幼い私でも覚えてしまった。
あとは、〝常に希望を持って、実現させるために前を向いて頑張るんだよ〟だとか。

ゆっくりとした口調で、何度も何度も言われた言葉だ。
今でも、穏やかな声が頭に浮かび、その言葉を繰り返す。