──もうここに頼るほかない。

決意と恐怖と、そして少しのワクワクを同時に胸に抱きながら、階段を一段上ったときだった。
横から腕を強い力で掴まれ、希望を信じて見上げていた視界が一気に現実に引き戻される。

「おまえ、今までなにしてたんだよ!」
「え……?」

咄嗟に振り返った先にいたのは、肩で息をしている男性だった。その、切羽詰まった声と必死な表情にまず驚いたものの、すぐに見覚えがあることに気付いた。

誰だっけ、と疑問が浮かぶとほぼ同時に、記憶の中から答えが弾き出される。

有沢悠介。
私のバイト先だったレストランのオーナーの息子で、約三年前までは週四、五回という頻度で顔を合わせていた男性だ。

歳は私よりもよっつ上だったけれど、有沢のずけずけとした遠慮なしの性格もあってか、私のずかずかとした勝気な性格もあってか、当時はまるで喧嘩友達みたいにつるんでいたものだ。
敬語も忘れるほどぎゃあぎゃあ言い合っていたのが懐かしい。

今、私が二十四歳なので、有沢は二十八歳という計算になる。

艶っぽい黒髪はやや長めで、左眉の上でわけられた前髪の下には凛々しい眉と奥二重の目。そして、綺麗な鼻立ちと唇に、無駄のない輪郭。

紺色のスリーピースに深緑色のネクタイがとても似合っているなぁと呑気な感想が浮かぶ。
七年前、バイト先で初めて知り合ったときから周りに美形だと騒がれていた容姿は、今も健在などころかパワーアップして見える。

あの頃にはまだなかった大人の男性としての色気というか、独特の、引き込まれるような雰囲気のせいだろうか。

人って三年でこんなに変わるんだなぁとまじまじと眺めている私に、有沢は怪訝そうに眉を寄せてから、私が今しがた上がろうとしていた階段の先を見上げる。