「…昴…」
「ん」
「…一緒に夏フェス行きたい」
千珠琉の願いに昴は苦笑いを浮かべた。
「今年のはもう終わっちゃったから来年な。」

「…ぺピコのチーズケーキ味食べたい」
「…この世に存在しないよ。…メーカーにリクエストしてみようか。」

「…昴…」
「うん」
「…七瀬先輩と付き合わないで」
「…過去には戻れないよ。今日のチズは意地悪だな…。」
千珠琉の無理難題にまた苦笑いを浮かべた。

「昴」
「うん」
「すー君…」
「うん」
「引っ越さないで…ずっと小清瑞にいて…」
「………」
涙を(こぼ)しながら本音を言った千珠琉は、沈黙する昴をじっと見つめて口を開くのを待った。
「それは…うーん…」
逡巡する昴をじっと見る。
「…ごめんな、それは無理。」
「……ほら、何にも叶えられないじゃん。口に出したって何にも叶わない。」
千珠琉は可愛げがないとわかっていながら意地悪な言い方をした。
昴はまた苦笑いをした。

「口に出したって叶わない願いもあるけどさ、口に出さなきゃ叶わないこともあるよ。」
昴が不満げな千珠琉の目を見て言った。
「……たとえば なに…?」
「…たとえば…、俺は本当は中二のときに引っ越す予定だったんだけど」
「え?」
初めて聞く話だった。
「父さんがいないと、あの家は広すぎるから引っ越そうって朱代さんに言われてたんだ。」
「知らない話…」
「言ってないからね。…だから中二の冬には引っ越すつもりだったんだけど、いろんなこと考えて…とくにチズのこと考えて、引っ越したくないなって思ったから、朱代さんに言ったんだ。引っ越したくないって。」
“とくにチズのこと”と言われて千珠琉は少しドキッとした。