その後、私は使用人に体調不良と言い迎え用の馬車に乗り込むと、早急に屋敷へと帰った。
「ユリアーナ! 具合が悪いと聞いたが大丈夫なのか!?」
「すぐに医者を呼んでもらいましょう!」
「ああ、かわいそうなユリア。僕が変わってあげられれば……」
 帰るなり、玄関先にお父様とお母様、そしてお兄様も駆けつけて、私の心配をしてくれている。このように、ユリアーナというキャラクターは家族にめちゃくちゃ甘やかされて育ったという背景があるのだ。彼女がわがままで高飛車に育ったのには、このことも少なからず影響しているだろうと今になって思う。
「みんなありがとう。でも、そんなにたいしたことないわ。でも、ひとりでゆっくり休みたいかも……。だからそっとしておいてくださいませ」
 忘れてしまう前に、この世界のことを一度整理したい。故に、申し訳ないが騒ぎ立てている家族に構っている時間はない。
 過保護な父母兄は「ユリアーナがそう言うなら……」と、あっさりと引きさがってくれた。
私は自室へ戻ると、自習用に買ったものの一度も開くことのなかったノートに、覚えている限りの『聖恋』の記憶を書きなぐっていく。真っ白だったノートは、あっという間に文字で埋め尽くされていった。
 物語の前半は、二年制の魔法学園の一年目がメインの内容だ。リーゼとクラウス様が出会い、次第に距離が縮まっていき、お互いが意識し始めるまでが描かれている。
 そして後半が、二年生に進級してからの話だ。クラウス様との恋愛や、悪役令嬢ユリアーナからのひどい嫌がらせもここから本格的に始まっていく。ほかにも新キャラが出てきたり、リーゼがチート能力を手に入れたりと、いろんなことが起きるのがこの後半だった気がする。
 ラストはリーゼとクラウス様は結ばれるが、ふたりを手にかけようとしたユリアーナは断罪エンド――。
「……絶対にそんなの無理!」
 自身を待ち受けているラストを想像するだけで、全身に悪寒が走った。
「ああ! どうしてユリアーナに転生しちゃったの! リーゼだったら、もっとこの人生を楽しめたのに……」
 テーブルに項垂れて大きなため息をつく。せっかく大好きな小説の世界に生まれ変わったというのに、こんなのあんまりだ。
「……ん?」
 ふと、テーブルに置いてあるメモと、その下に積まれているたくさんの教科書が目に入った。メモには〝二年生用〟と書かれている。
 ――そうか! 今日の学期末パーティーは一年生終了のパーティー! つまり、まだ物語の中盤!
「てことは、リーゼとクラウス様が親密になるのと、私が本格的にやばめな悪役になるのはこれからってことよね……?」
 それなら、間に合うんじゃないだろうか。断罪エンドなんて悲惨な運命から、今なら抜け出せるかもしれない。
 そうよ。ユリアーナに転生したからって、人生を楽しめないわけじゃあない。新しいユリアーナの物語を、私が始めたらいいんだ。