――どうして! もう金輪際関わらないと思っていたのに!
 無理やり口角を上げながら、私は自分の呪われた運命を心の中で嘆いた。

 ――遡ること三日前。
「……シュトランツ……公爵家……?」
 花の侍女デビュー先がシュトランツ公爵家だと告げられ、私は絶望した。なにかの冗談かと思ったが、気まずそうなお父様の顔を見てすべてを悟った。
「お父様! どうかシュトランツ家だけは! 私、クラウス様のところには行きたくないのです!」
 あんなメインキャラの近くにいるなんて、自殺行為同然だ。大体、どういう経緯でこんなことになるのかわからない。
「お前の気持ちはわかっている。だが……これはシュトランツ公爵家からの申し出でな」
「はっ? えぇっ!?」
 なにを血迷ったかシュトランツ家。
「お前が侍女になるという話をどこかで聞きつけたようだ。それで、クラウス様が是非我が屋敷へ来てほしい、と」
「クラウス様が!?」
 彼は私を毛嫌いしていたはずだ。婚約破棄だって、ラッキーくらいにしか捉えてなかったと思っていたのに。なんでまた、私を雇うなんて言い始めたのか。
 ――もしかして、使用人になった私になら思いっきり今までの鬱憤を晴らせると思ったとか? 私、シュトランツの屋敷でクラウス様に虐げられるんじゃあ……。
 嫌な考えばかりが頭の中を駆け巡る。彼の考えていることが、私にはさっぱりわからない。
「絶対に絶対にぜーったいに、クラウス様のところには行きたくありませんっ!」
 小さな子供のように、私はだだをこねる。
「残念だがユリアーナ、これはもう決定事項だ。こちらとしても、一方的に婚約破棄をしてしまった手前断りづらくてな……申し訳ない! ユリアーナ!」
「そ、そんなぁ~」
 たしかに、向こうはうちより身分の高い公爵家。家の事情的にも、断れない話なのだろう。お父様の悲しそうな顔を見ると、私もこれ以上なにも言えなくなった。
 こうして、私は三日後からシュトランツ公爵家の侍女として働くことに決定した。
新たな門出に胸を弾ませながらするはずだった荷造りも、ずーんと重たい気持ちでやることに。そんな暗い雰囲気を纏う私とは真逆に、家族はどこか嬉しそうだった。なぜかというと――。
「シュトランツ公爵家なら、いつでもまたユリアーナに会えるから安心ね」
 と、いうことらしい。私が遠い場所へ行くと思っていた家族からしてみたら、シュトランツ家の申し出は実は好都合だったのだ。この感じを見ると、本当はお父様も快く承諾したんじゃあ……という疑念が湧いてきたが、今となってはそんなことはどうでもよかった。だって、私がクラウス様と同じ屋根の下で暮らすことは、もう覆られぬ事実なのだから。

「まさかお前をこうして見送る日が来るなんて……頑張ってくるんだぞ。愛しのユリアーナ!」
「なにかあったらすぐに連絡してちょうだいね。ああ、あなたが屋敷からいなくなるなんてとっても悲しいわ」
「嫌なことがあれば、いつ戻ってきてもいいんだぞ! 兄様がどんなユリアも受け止めてあげるからね」
「……ありがとう。お父様、お母様、お兄様」
 三日後、馬車に乗る私を家族が見送りに出てきてくれた。みんな寂しそうな顔を浮かべてはいるが、大した距離ではないからか、想像よりずっと元気そうである。
「では、いってきます……」
 見送られる張本人がいちばん元気のない声を出し、私は重い足を動かす。ここまできたら、もう引き返す術もわからない。
「お嬢様!」
 馬車に乗り込もうとした直前、私を呼ぶ声がして振り向く。