美子が最近、貧乏学生と付き合っているのだと知人から聞いていた。調べてみると、娘の相手の学生は福岡の田舎町の出身で、単身、大学のために東京に来ていた。
何の後ろ盾もなく、ただ、救いは”有名国立の医大生”という肩書きだけだった。
頭はそんなに悪くないのだろう、写真を見れば、ヤサ男で・・
美子の父親は とにかく 娘の交際相手である 片瀬勇(かたせいさむ)を気にいらなかった。

そして、家をこっそり抜け出そうとした娘を掴まえ、とうとう娘の真意を聞いたのだが、今まで父親に反抗するなんて事がなかった娘の美子が初めて自分に逆らって来た。
言いようのない不安と怒りで美子の父親は、娘に酷い仕打ちを架した。

美子は閉じ込められた部屋の中で、涙を流していた。父親に何度も何度も、勇との交際を認めて欲しいと訴えたが、美子の父親は勇との交際を認めるどころか、彼を罵倒した。
今までは、父親の言う通りにしてきた美子だったが、勇との事だけは譲れない。何とかしなければ、、。

美子は机の中に大切にしまつてあった、モノクロの写真を取りだした。

写真のふたりは笑顔だった。
美子は頬をつたう涙を手で拭ぐうと、その写真を胸に押しつけ瞳を閉じた。


勇との出会い、、その日は大学のサークルで乗馬クラブの日だった。
当時の世田谷周辺は、高級住宅地を外れると大きな乗馬クラブがあったのだが、美子がいつものように馬に鞍を乗せていた。馬の左手から腹帯を引き上げ、バックルの調節をしている時だった。
突然に響き渡る大音響に美子の馬が鳴き声を上げて大きく動いたのだ。
乗馬クラブ近くに 嫌がらせのように来ていた不良達がラジカセのボリュームを最大限にしたのだった。

馬につけていたバックルが美子の衣服に絡んで、美子は動揺する馬から離れられない。そのまま馬が走り出してしまい、美子は引きずられるカタチになってしまった。
美子はその馬のサイドに掴みながら必死に落ちるのを我慢したが、女性で力もない。落ちるのは時間の問題だった。