「その……すまない、ライラ嬢……夢を見ているのだと勘違いして……いや! それは言い訳にはならないな。申し訳ない」
 マリエル様がベッドの上で正座した状態で深々と頭を下げる。
 
「何をおっしゃいます、どうぞお顔をお上げくださいませ」
 そう言われて顔を上げたマリエル様は、至近距離でライラ様と目が合って顔をボン! と赤く染めた。

「マリエル様、ひとまず喉を潤して落ち着いてください」
 メイドが用意した飲み物を手渡すと、それに口を付けたマリエル様の顔色がスッと元に戻った。
 オーダー通り、かなり刺激が強いらしい。
 グラスの中に黄色い果肉のような物が浮遊していることから察するに、高濃度のレモン水だろうか。

 マリエル様は女性全般に弱いわけではない。
 国境警備隊長がハニートラップに簡単に引っかかるようでは話にならない。どんな美人にお色気たっぷりに迫られても普段は全くなびく気配すらないのだ。
「申し訳ない。私には婚約者がおりますゆえ」
 顔色ひとつ変えず生真面目に断ってしまう。
 それでも尚、柔らかそうな胸をぐいぐい押し付けられて体当たりされることもあるのだが、それも眉すら動かさずに一蹴してしまう。
「全く興味がないとはっきり言えばわかってもらえるだろうか」
 そう言われた女性のほうは、これでは話にならないと呆れて立ち去るか、男色家だったのね! と怒って立ち去るかのどちらかだ。
 
 おまけに体が大きすぎるがゆえに、媚薬など全く意味をなさない。
 ティーカップにほんの数滴入れる――本来ならばそれで効果を発揮するはずの毒や媚薬を我が主に盛る場合は、ブリキのバケツ1杯分飲まさないといけないのではないかと思う。
 実際にやってみたことはないが、間違いないだろう。

 いろんな意味で難攻不落のマリエル様を簡単に落とせる唯一の存在。それが婚約者であるライラ・グラーツィ伯爵令嬢である。