香魚子がビクッとして声の方を見ると、立っていたのは鴇田だった。
動揺する自分をよそに冷静な周を見て、香魚子は状況が飲み込めずにいた。
「鴇田は知ってるから大丈夫。」
周が言った。
(なんで…?)
「そんな不安そうな顔しなくても。多分気づいてんの俺くらいだから大丈夫だって。」
(だからなんで…?)
香魚子は不安気な顔で周を見た。
「鴇田は明石マニアだから。俺のことすっげーよく見てて、俺のマネばっかしてくんの。だからバレちゃった。」
「明石マニア……あ。」
周は冗談めかして言ったが、香魚子には思い当たることがあった。
以前、鴇田に『明石さんが自分からデザイナーに話しかけてんの初めて見た』と言われたことがあった。そしてその時鴇田が買ったコーヒーが周と同じ銘柄だったことも思い出した。
香魚子は納得したような顔で鴇田を見た。
「いや納得すんなよ。(ちげ)ーし。」
鴇田は否定したがよく見ると腕時計なども周と同じブランドのものだ。
(絶対ファンだ…)
「明石さんに文句言いに来たんスよ。」
「なんだよ。」
目白部長(うちの部長)の機嫌がすこぶる悪くて手がつけらんないんスけど。どうにかしてくださいよ。」

「てことは、コンペの結果出たのか?」
鴇田は(うなず)いた。