『福士さんにその会社に入って欲しいんだ。デザイナーとして。』
『福士さんが本当にやりたいデザインができる会社にする。』

家に帰ってからも、眠たいはずの香魚子はなかなか寝つけなかった。
(明石さんがピーコックを辞めて、柏木さんと会社を作る…それはすごく素敵。すごく楽しみ。…だけど、その会社のデザイナーが私?本当に…?)
(あ、タクシー代返さなきゃ…)
(鷲見チーフ、営業部長と付き合ってたんだ…)
(2週間…)
回らない頭では情報を整理するのが難しい。

(どちらにしろ、会社(ピーコック)は辞めよう。)
明石が水を買いに行っている間、香魚子は医務室の天井を見ながら会社を辞めることを決めていた。
自分の将来が見えない会社にいても意味がない。どんどん蝕まれていく心にも耐えられない。そう思っていたところに、目白と鷲見の関係がトドメをさした。

明石に与えられた2週間の猶予期間中、香魚子はプライベートのデザインをやめることにした。
会社には通常通り出勤し、仕事も普段通りこなした。
あらためて見ると、鷲見のデザインのクオリティは決して高くない。もちろん商品として店に並んでいてもおかしくないレベルだが、他社の商品に比べてトレンドを掴めていないし、やはり色合いに整合性がない。これではいずれ会社として行き詰まるのが目に見えている。しかし、鷲見にも目白にもそれは見えていない—あるいは、見ないようにしている。
レターセットのコンペで香魚子に同じような内容の厳しい質問が集中したのも、目白が営業部の社員に指示したのだろうと今ならわかる。
こんな会社に対してあれこれ思い悩んでいたことは明石の言う通り時間が勿体なかった。
辞めると決めて会社を見渡すといろいろなことがクリアに見えてくる。

「福士さん。」
休憩スペースで香魚子に声をかけてきたのは川井だった。
「おつかれさまです。」
「おつかれさまです。川井さんも休憩?」
「はい、ちょっと資料見てたら息が詰まっちゃって。良かったら、ご一緒しませんか?」
川井が香魚子をテーブルに誘った。