1時間後
「すみません、私ちょっと所用があるので失礼します。おつかれさまでした。」
香魚子は申し訳なさそうにしながら店を出た。
「福士さん。」
後ろから呼び止められ、ドキッとする。
「明石さん…」
「帰んの?」
「はい…。」
「俺も帰る。」
「え!」
よく見ると、明石はたしかに荷物を持っている。
「明石さんがいないと困るのでは…営業さんたちも、デザイナーのみんなも…」
(明石さん目当てで打ち上げ参加してる人もいそうだったし…)
「大丈夫 大丈夫。どうせみんな酔っ払ってて誰がいるとかいないとかわかってないし。会期中も毎日お客さんと飲みだったし、もう飽きた。」
そう言うと同時に、明石はもう歩き始めていた。
「福士さんに大事な話があって。」
「大事な話…?」
(柏木さんが言ってたやつかな…。)
「うん。3つあるんだけど、そのうち一つはもうすぐわかるよ。そっちの柱のところに行こうか。」
気づくと、ホテルのロビーにいた。柱の陰で何かを待つようだ。
「そういえば、柏木から聞いたんだけど…自分のことダメだって言ったって?」
「………伝わってるんですね…。」
「設営の日に会ったって、柏木が心配して連絡くれた。」
「………」
「この間の、“イマイチ”って言ったデザインのことで悩んでたりする?」
「…いえ、えっと……あの、あれ自体はたしかに良くなくて…でもそうじゃなくて、えっと……」
うまく言葉が出てこない。
「その、明石さんのせいじゃなくて…私のデザインて会社のテイストに…会社に求められてないのかな…とか、えっと…」
香魚子の頬を暖かいものがつたう。
「あれ…えっと…ごめんなさい、泣くとか最悪…これは、そういうんじゃなくてっ」
喉の奥をキュ…と掴まれたような感覚になる。
———はぁっ
泣いている香魚子を見た明石が大きな溜息を()いた。その顔はどこか不機嫌そうだ。
(最悪。明石さんは悪くないのに泣いて責めてるみたい。めんどくさいよね…泣き()め、私…)
明石がハンカチを差し出した。
「福士さんがそんなに悩んだり泣いたりする価値なんてないんだよ、ピーコック(この会社)には。」
(…え?)
「あ、来た。カウンターのところ、見てごらん。」
明石はホテルのフロントを指した。