「福士さん、ここの色がもとのイラストと違うんだけど?」
鷲見(すみ)が不機嫌そうな口調で、ペンケースのラフを指差した。
「えっと…ここにこのオレンジが入ると少し浮いてしまうというか…」
香魚子が言った。
「知らないの?差し色ってやつ。全部同じトーンにしたらメリハリがないじゃない。」
「あの…差し色でしたらロゴに濃いピンクやパープルを入れては…」
「オレンジよ。黙って元のイラストの色に戻して。」
「………はい。」
「少しはうちの雰囲気わかってくれたかと思ったのに、全然ダメね。」
この会社で10年以上働いている鷲見に、入社して1年程度で大した実績もない香魚子が意見をするのはなかなか難しい。納得のいかない指示でも、余程のことでなければ飲み込んで従うのが賢明だ。
(仕事なんだから、自分がやりたいことだけできるわけじゃないってわかってはいるけど…)

———はぁ…っ
香魚子は休憩スペースで大きな溜息を()いた。
「福士さんみっけ。」
聞き慣れた声に心臓がまた小さく跳ねる。
「明石さん。おつかれさまです。」
「休憩?」
「はい、ちょっと行き詰まってて…。」
「それ?」
香魚子の手元にあるペンケースのラフを見た。
「………はい…」
「見てもいい?」
香魚子は明石にラフを渡した。
「これ、鷲見さん?」
やはり明石は鋭い。
「です。今、鷲見チーフのイラストを編集する仕事をしてて…。」
「相変わらずだね、色が…」
明石が色づかいのことを言おうとしているのはすぐわかった。おそらくオレンジ色のことだろう。
「……いや、まぁ俺が言うことじゃないか。仕事だって割り切ってやるしかないかな。」
(え…)
意外な発言だった。
「俺は福士さんのデザインがとても好きだし、君がやりたいデザインをして欲しいんだけど、割り切って仕事をすることも今の君には必要かもしれない。」
香魚子は頷いた。
明石の言うことは正しい。給料をもらっている以上は会社の求めるデザインをするのが香魚子の仕事だ。ただ明石から言われると少し寂しく感じてしまう。