ミーティングが終わり、香魚子が社内のフリースペースを通ると、テーブルで明石と川井が話をしているのが見えた。
「傾向的にこのお店はSWEET(スウィート)&SWEET(スウィート)よりもmisty(ミスティ)の方が売れそうですね。」
「あぁ、俺もそう思う。どちらにしろ数量は抑え目の方が良いと思うけど。」
「……このくらいですか?」
川井がノートPCの画面を明石に見せる。
「だいたい良い感じだと思うけど、この柄は多分そんなに出ないな。」
「同じシリーズは同じ数で納品しなきゃいけないわけじゃないんですか?」
「うん、生産数も人気ありそうな柄を多くしてたりするし。生産数は倉庫のサーバーから見れるよ。ここからパスワード入れて…」
川井が明石の後ろに回ってPCの操作を見ている。
二人を見ていた香魚子はなんだかモヤモヤとするものを感じた。
「川井さん、営業向いてるよ。データの見方も正しいし飲み込みも早い。」
そう言って明石が笑った。
———キュ…
香魚子の心臓が(きし)む音がした。
(………私…)
「あ、福士さん。」
明石が香魚子に気づいて声をかけた。香魚子はハッとした。
「お、おつかれさまです。」
「おつかれさま。」
「おつかれさまです。」
川井も香魚子に挨拶した。
「えっと…川井さん、仕事にはもう慣れた?」
「はい。営業も結構おもしろいです。」
「へぇ、すごい!私は人の顔覚えるの苦手だから向いてないだろうなぁ。」
「川井さんは実際もの覚えも良いし、営業に向いてると思うよ。」
「ありがとうございます。」
明石に褒められた川井は少し照れ臭そうにしている。そんな様子を見て、また香魚子の心臓が(かす)かに軋んだ。
「でも川井さんは企画デザイン部希望だもんな。」
「はい。営業もおもしろいですけど、企画に興味があります。」
「じゃあ、福士さんとは仲良くしといた方が良いよ。ね。」
そう言って明石は香魚子に笑いかけた。
「え、そんな、私は…」
「うちのデザイナーで一番センス良いから。」
「そうなんですか!」
川井が目を輝かせたのを見て、香魚子はまた心臓が締めつけられるような気持ちになった。
(…私、鷲見チーフのイラストを編集するくらいの仕事しかできてないんだけどな…)
香魚子は手にしていた新商品のデザイン資料をキュ…と握った。なんとかニコッと笑ってその場を離れた。