「明石さんの下の名前は(あまね)さん、ですよね。」
「ああ、知ってた?よく“しゅう”だと思われるのに。」
「はい。花の名前が入ってるな〜って密かにずっと思ってたんです。」
「花?」
“明石 周”とい名前にはどこにも花の名前などないはずだ、と明石は不思議そうな顔をした。
「ええ。えーっと…」
香魚子はデスクの上にあった適当な紙に明石の名前を「アカシアマネ」とカタカナで紙に書いて見せた。
「ほら、アカシアって。」
「アカシア?」
「樹木ですけど、私が一番好きなミモザもアカシアの仲間なんです。だから良いな〜って。わかりますか?黄色い花の。」
「ああ、わかるよ。」
明石は“なるほど”という顔をした。
「ミモザか…あ、良いかも…」
そして何かを考えるように呟いた。
「その紙ちょうだい。」
「え、こんなのただのメモですよ?」
「うん、ついでに“ミモザ”って書いといて。」
「はぁ…」
香魚子はわけがわからなかったが、言われた通りにメモを追加した。
メモを渡すと、明石は嬉しそうに受け取った。
「ありがとう。福士さん、ずっとどんな人か気になってたけど、想像よりも色んなこと考えてそうでおもしろいね。」
屈託のない笑顔でそう言うと、明石は営業に出て行ってしまった。
(…想像…?おもしろい…?)
ろくに接点など無かったはずの明石にそんな風に言われるとは思わず、香魚子は驚きとともに、くすぐったいような気持ちになった。
(明石さん、私のこと知ってたんだ…って同僚なんだから当たり前よね。私じゃあるまいし…。)
ピーコックラボに入って数ヶ月、デザイン馬鹿を自認するほどデザインのことしか考えていない香魚子は、企画デザイン部以外の社員の顔と名前がまだあまり一致していない。
明石のフルネームを覚えているのは奇跡に近いくらいだ。
入社した日に全部署に挨拶回りをした際に、明石の名前を聞いて花が隠れていることに気づいた。それ以来、明石の名前だけは耳に残るようになっていた。どうやら営業成績がトップらしく、いわゆるイケメンの部類らしいので、仕事でも部署内の女子たちの噂話でもよく名前を耳にした。
(名前のこと、本人は気づいてなかったんだ。話できて良かったな…明石さん、名前と部署くらいしか知らないな。何歳なんだろ。)