明石たちと食事に行ってから数日
(これはマズイ…)
香魚子は終業後の自宅でタブレットを前に考えていた。
(明石さんに見せたいデザインが止まらない…)
タブレットのフォルダには、ラフ案が何枚も溜まっていた。
(会社用のデザインもしなきゃいけないのに、仕事中もこっちのアイデアが止まらなかったなぁ。)

『俺が絶対見てるから』

(あんな風に言われたら、誰だってこうなるよ…)

『約束2つ目』

「わぁあぁ!!!」
香魚子は絡めた指の感触を思い出して、クッションに顔を(うず)めて叫んだ。
(あれはずるい。あの笑顔もずるい…。)

(とっくに気づいてたけど、完全に好きになってる…)

(明石さんはあくまで私のデザインを買ってくれてるだけなのはわかるけど…)
———はぁっ…
大きな溜息を()いた。
(LIME、本当に送ってもいいのかなぁ。)
———ピコンッ
スマホの通知画面にLIMEのメッセージが表示された。
【明石 周】
「え」
突然のLIMEに、一瞬スマホを落としそうになる。
【そういえば、こないだ質問された“デザインに詳しい理由”ってやつ】
(…あ、彼女がって聞いちゃったやつ…!)
画面を凝視してしまう。
【別に詳しくはないけど、姉がデザイナーやってるから多分その影響でデザインに興味持ってるんだと思う】
(……………)
———ハッ
(画面に見入っててどうする…)
【お姉さんがいるんですね。しかもデザイナーさんなんですね!なんか納得です。】
鮎の目がキラキラしているスタンプを送った。
【でた。鮎スタンプ】
【明石さんはデザインされないんですか?】
【俺は絵心皆無だから】
手でバツの形を作ったシロクマのスタンプが送られてきた。
明石からすぐに返信がくるのがくすぐったい。
(スマホのむこうに明石さんがいるんだなぁ…。)

(シロクマ好きなのかな。シロクマかぁ、シロクマ…)
香魚子はタブレットを手に取ると、いつものようにデザインに没頭した。

33歳、お姉さんがいて、お酒はハイボールが好き、タバコは吸わない、トマトが嫌いらしい、絵は苦手、シロクマが好き?…好きな花はミモザ…
ほんの少し前までは名前くらいしか知らなかった明石の、“知っていること”が増えている。