「…で、ヤギは紙モノ文具との相性が良くて雑貨好きな層にもハマりやすいんです。オオカミはそんなにまだ他社の商品も多くないんですけど、夜とか群れのリーダーとか、そういうワードがエモいっていうか…また別の層にハマるんじゃないかと思っていて…で、昼と夜ってコンセプトを打ち出すとさらに…」
最終的に、香魚子が一人でプレゼンするのを明石と柏木が無言で見ているという状況になっていた。
「…私、またやっちゃいましたね…。すみません…。」
香魚子はバツが悪そうに飲み物を口にした。
「いや、すごいよ。良い企画プレゼン聞かせてもらった。ありがとう。」
柏木はそう言って小さく拍手をした。香魚子は今度は照れ臭そうに飲み物を(すす)った。

「すみません、私ちょっとお手洗い失礼します。」
香魚子が席を外した。
「すげーな、あの子。」
柏木が言った。
「だろ?」
明石が得意げに言った。
「もっと聞きたい、もっとデザインが見たいって思わなかった?」
「ああ、それにコスト意識も高いしプレゼン向けにリサーチもしてるって感じだな。つーかこれ、ボツ以前に社内にも発表してない企画なんだろ?それをここまでやるか?フツー。」
「並のデザイナーならやらない。」
「天才とかってファンタジーみたいな言葉じゃなくて、なんていうか“天職”って感じだな。」
柏木の反応に、明石は満足そうに頷いた。
「たださ、見ただろ?うち“らしい”ノート。」
「ああ、あれ。あれは正直普通だな。」
「まだ20代で若くて器用な分、毒の吸収も早いんだよな。」
明石は小さく溜息を()いた。
「あの子、誘うんだろ?」
「ああ、あの才能は絶対欲しい。けどそれまで毒にやられないように守ってやらないといけないかなー。計画を早めたいところだけど、ここは慎重にいきたいしなぁ。」
明石のぼやくような言葉を聞いて柏木の表情がニヤついた。
「せいぜい大事に守ってやれよ。」
「健太郎はそんなことでニヤけてないで、奥さんの説得頑張ってくれよな。」
「自信ねー…」
明石の言葉に柏木のテンションが下がった。