「初めて会ったとき健太郎はまだ印刷会社だったよな。」
「そうだったな。懐かしいなー。」
どうやら明石と柏木は10年来の友人らしい。
「福士さん柏木はね、星野の前は印刷会社にいたんだ。だから印刷とか加工のことにも詳しいよ。なんでも質問してみたら良いよ。」
「そうなんですか。」
「うん、ノートとかに強い会社だったから、ノートとか手帳にはわりと詳しいかな。他もわかる範囲でなら答えられるよ。」
「今度こういうノート発売するんだよ。明日お披露目だから一応まだオフレコな。」
明石がスマホを取り出して写真を見せた。そこには香魚子のノートが写っていた。
「あ、そのノート…」
「ふーん、かわいいね。御社“らしい”っつーか。」
「さすが健太郎。うち“らしい”よな。でもこれ、デザインした福士さんは全然納得してないんだよ。」
そう言って、明石は香魚子の方を見た。
「え、えっと納得してないってことは…」
「俺の予想では、他にやりたいデザインがあったんじゃないかと思ってて…」
「へぇ、そっちも見てみたいな。」
「やっぱそう思うよな?」
明石は柏木に同意すると、香魚子の方をまた見ている。
(…これは…)
香魚子は明石の意図を理解して手帳とペンを取り出した。
「…お見せできるものが何もないので描きますね。」
そう言うと、サラサラとペンを走らせ始めた。香魚子の顔つきが変わるのを明石は満足げに見ていた。
「あ!」
香魚子のペンがピタッと止まった。
「どうした?」
「えっと、これって一応未発表の企画の内容なんですが…他社の方の前でお見せして良いんでしょうか…?」
「ああ、健太郎は大丈夫だから、続けて。」
香魚子は明石の目を見て、その言葉を信じることにした。
香魚子は4種類のノートのラフデザインを描き上げた。
「今回私がやってみたいなって考えていたノートはテーマが“昼と夜”なんです。」
「昼と夜?」
「はい、えっと…動物はヤギとオオカミの2種類に絞ろうかなと思っていて、本文の紙も2種類使います。ヤギはオフホワイトで昼を象徴していて、オオカミは夜だから黒にしたくって。」
「めちゃくちゃ良い企画だけど、黒は流石に描きにくくない?」
明石が言った。
「そこなんですよね…」
香魚子が難しい顔をする。
「グレーの紙ならいいんじゃない?ノート向けのグレーの紙あるよ。コントラストが弱いから目に優しくて、白でも書けるって紙。」
柏木が言った。
「さすが。」
明石が感嘆の声を漏らす。
「でもこれ、紙2種類使ったらコストが結構かかるよね。」
柏木も真剣に考え始めたようだ。
「はい、なので他のところでできるだけコストカットしたくて…表紙はPP貼りをせずにあえて…」
「いや、でもそれだと耐久性が…」
「そこは…」
気づくと企画会議は白熱していた。