僕は花の色を知らないけれど、君の色は知っている

お母さんは、私が社会の模範の表面さえなぞっておけば満足する。

学校に行く、友達がいる、成績もそこそこ。

学校で自分を押し殺していることや、息苦しさを感じていることになんて、目を向けてくれない。私のことなんて、どうでもいいんだろう。

だから私は、今日も〝うまくいってる普通の子供〟を演じ続ける。

「今日のサラダ、おいしそうでしょ。生ハムが安かったから入れてみたの」

「本当だ。生ハムたっぷり! レストランで出るやつみたい」

お母さんは、私が不登校になってから仕事を辞めた。

本当は働きたかった、あなたが普通の子でいてくれさえすれば。

そんなことを、不登校時代に喧嘩したとき、泣きながら言われたことがある。

お母さんのそのひとことは、私の心に大きな傷を残した。

それ以来どんなに明るく接してきても、何気ない会話をしていても、お母さんといると思い出してしまうのだ。

私は世の中のはみ出し者で、役立たずで、親不孝者。

生ハムのサラダは苦かった。

そもそも生ハムなんて好きじゃないけど、不登校の頃に気を遣っておいしいって絶賛してから、お母さんはよく買ってくる。

お母さんは、私が本当は生ハムが嫌いなことに気づかない。

テレビから流れてくるバラエティー番組のけたたましい笑い声が、遠い世界の出来事のように感じる。

私の居場所は、〝いい家族〟の仮面を張りつけているここにはない。

家は私にとって、あたたかい場所のフリをした針のむしろだ。

学校にいても、家にいても、うまく息ができない。

私はいったい、なんのために生きてるんだろう?