暗い穴の中①

兵庫県在住  今西明代(36歳)



父から”あの話”を聞いたのは先月、私たち家族が住んでいる神戸市内にお母さんと2泊の行程で訪れた時でした。

それは父が若かりし頃の不思議な体験談と、その出来事をずっと引きずり、苦しんでいたことの”告白”でした。


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両親が神戸に着いた日、私と夫、それに小学生の長男は市内の遊園地で合流しました。
その時、私と父は、ジャンボ観覧車乗り場近くのベンチに腰かけていました。

「そう言えば、お前が小さいころ遊園地行くと、お母さんが豊とジャットコースターとか乗ってる間、俺達二人はいつもこうしてベンチに並んで待ってたな」

「うん…。二人とも高所恐怖症だってことでね。でも、消防士のお父さんがそれって変だから、私とお付合いだってのは薄々だったけど(苦笑)。それで待ってる間、お母さんと豊には内緒で、よくアイスとかホットドッグ買ってくれてたよね、お父さん」

「ああ、でもお前、小学生の頃は年中ゲーム機持ち歩いてて夢中だったから、だいたいお母さんと豊にはバレちゃったけどな。ハハハ‥」

子供の時分の私にとって、お父さんとの”ベンチのひと時”は、いわば特別な時間でした。

お母さんの口紅をちょっと拝借して、母から雷落とされた時や、高校受験の志望校で揉めた時とか…。
お父さんは土日の休みに、こういった場で私と向き合ってくれていたんです。


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「それで、サトシ君のさっきの話だが…」

「ああ、空襲の話ね。サトシ、おじいちゃんっ子だったんで、戦争の時に神戸も空襲で大変だったことをよく聞いてたらしいの。きっと、首都の東京も凄かったんだろうなあって…。私の実家が東京の下町だから、さっきみたいな話をウチでもよくするのよ」

夫のサトシは、父の通っていた高校に戦争の時の防空壕が残っていたということに関心があって、今日、父に直接話を聞いていたんです。

「実際には、防空壕にあてがっていた空間ってところなんだろうが…。実はな、お父さんはその暗い空間と関わったことで不思議な体験をした。それは、ずっと忘れることができず、今まで心の奥にしまってきたんだよ」

その話を始めた父は、どこか遠い目をしていました。