自分よりも大きな青年と思われる人間。しかも、血と泥と湖の水で濡れた身体は重く、家の中に運ぶのも一苦労だった。
 なんとか運べたのは、クロ様が魔法で補助してくれたからだ。
 
『俺、人間の匂いは好きじゃない。暫く来ないからな』

 クロ様はそう言い残すと森の方へ駆けて行った。他の魔物も姿を現さないので、仕方なくフローラだけで、この人間の面倒を見なければならない。

(あぁ! お気に入りのローブに血が!)

 この人間を運ぶのに夢中で気づかなかったが、ローブの袖にベットリと血が付いていた。深緑の肌触りのよいローブは、彼女の祖母のお下がりで、数少ないお気に入りの一品だ。袖口と裾に揃いの花刺繍がぐるっと施してあり、可愛らしいその模様のお陰でフードを深々と被っていてもどこか怪しくならないのだ。
 
(人間の街に行く時の一張羅なのに!)

 この人間は、恐らく貴族だ。上着には美しい金の刺繍が施されているし、その上質な生地はその辺の庶民では到底手に入らない代物だ。
 お金持ちの貴族であれば、いつか助けたフローラに報酬をくれるかもしれない。その時は絶対に新しいローブをねだろうと心に決めた。

 まずは暖炉の近くに転がして、血と泥だらけの服を脱がす。すると、貴族らしからぬ、たくましい身体が現れた。

(軟弱な貴族様じゃないのかしら)

 身体や傷を綺麗に拭いていくと、美しい銀髪に整った顔立ちをしていることに気付く。目を開ければかなりの美青年に違いない。

 傷口にはフローラお手製の薬を塗り、丁寧に包帯を巻いた。
 フローラは、治癒魔法は使えない。専門ではないからだ。

 だが、多少の怪我なら治せる程の薬を煎じることは可能だ。魔法で効力をアップすることもできる。
 この人間も、そのうち完治するだろう。

 身体を拭き、包帯を巻き終えたので、ベッドに運んで寝かせてやることにした。

 だが、浮遊魔法も得意ではない。人を完全に浮かべるのは難しい。つまりは、ベッドに運ぶのは、フローラの細腕にかかっている。

(無理……ほんと無理)

 苦手な浮遊魔法を人間の下半身にかけながら、上半身を持ってベッドに運ぶ。肉体労働をする機会もなく生きてきたフローラには、とんでもなく重労働だった。

(はぁ……もうだめ)

 やっと人間をベッドに運んだ頃には、フローラは魔力も減ってヘトヘトだった。苦手な魔法は使うもんじゃないと思いつつ、お金持ちなら絶対治療費をぶん取ろうと決めたのだった。